王太子は髪飾りを買う
山の麓の温泉施設から徒歩で坂道を下っていると、土産物や小物類、雑貨などを売る店が集まった一画に差し掛かった。食べ歩きできそうな食べ物を売る店もある。カラフルな壁の建物が石畳の道の両脇に並ぶ様子は、絵に描きたくなる可愛らしさだ。アレクシスの従者たちのなかには、映像を記録できる魔石でその風景を写している者もいた。
「この辺りは、古くからあった商店と、温泉が発見されてから出店された比較的新しい商店が混在した商業区になっています。皆、ここを活性化させようと、一丸となって取り組んでおります」
ニナが街のあらましを紹介する。
「うん、独特の雰囲気があって、王都からの観光客も喜びそうだね。色とりどりの建物と空の青のコントラストが美しいな」
アレクシスは、ひとつひとつの店を興味深げに覗いていく。
(こういうバトン領らしい柄の織物や陶器は、お土産にも喜ばれるかもしれないな。母上に買っていこうか)
バトン領の伝統的な文様が描かれた素朴で可愛らしいカップを手にして、アレクシスは微笑んだ。
若い女性向けと思われる、アクセサリーなどの小物を扱う店もあった。品揃えや店の雰囲気に少し疑問を覚えたアレクシスはニナに問う。
「こちらのお店は、どんな客層を想定しているの?」
「王都や周辺の都市から観光にいらした貴族のご令嬢をはじめとした、若い女性です」
ニナが淀みなく答える。それぞれの店のターゲットも把握できているようだ。
(うん…センスが悪いというわけではないけど…。王都からの観光客のご令嬢が欲しがりそうなものが少ないかもしれないな…)
アレクシスは商品を眺めながら考える。その様子をちらりちらりとうかがっていたニナが、意を決したように言った。
「あの…商品について、もしも何かお気づきのことがございましたら、ご教授願えませんか?私は王都の流行りにも疎くて、こうした商品へのアドバイスに自信がないのです…」
(しまった、考えてたことが顔に出てたかな)
アレクシスは慌てて笑顔を作る。しかし、せっかく勇気を持ってニナが意見を聞こうとしているのに、はぐらかすのも違うと考えて、ちらりとニナの様子をうかがう。
ニナも不安そうな顔でアレクシスの様子をうかがっていた。
(やっぱり、きちんと意見を伝えるべきだな)
アレクシスは躊躇いながらも口を開いた。
「いや、うん。商品自体は悪くはないと思うよ。だけど、そうだね…。王都のご令嬢が欲しがるかというと、そうではないかもしれないなとは、思う」
「やはり…そうですか…」
落胆の表情を浮かべ、ニナがため息をつく。売上げが芳しくないと、この店から相談でも受けていたのかもしれない。アレクシスもそう令嬢向けの流行には詳しくないが、少しでもアドバイスができないか頭を捻りながら言葉を探す。
「うん、王都の市井にもこういった店は多いからね。同じようなものを買うなら、どうしても王都の店の方が質もセンスもいいように感じるね。品揃えも豊富だしね。――だけど、きっと旅行に来ているからこそ、何か買って帰りたいという心理はあると思うんだ。そんな人が思わず欲しくなってしまうような、ここでしか買えないオリジナリティがあるデザインのものがあれば、心惹かれるんじゃないかと思うね」
「オリジナリティ…。旅行でいらした方が、心惹かれるデザイン…。ここでしか買えないもの…」
ニナは黙り込んでしまった。
(そうだよね、ちょっと抽象的すぎるよね…。ごめん、ニナ嬢…。こういう時、フェリシアだったらもっといいアドバイスができそうなんだけど…)
フェリシアはいつも清楚だったが、幼いころから培った審美眼と、生まれ持ったセンスなのだろうか、身に着けているものが驚くほど洗練されていて、とにかく目を惹いた。だからアレクシスの婚約者だった頃は、よく周りの令嬢たちから、それはどこで買ったのか、どうすればセンスが磨けるかと質問を受けている様子を目にしていた。
(華美なものや、高価すぎるものじゃなかったはずなのにな。だから、フェリシアに贈り物をする時は、いつも緊張したな。まあ、何を贈っても心から喜んでくれたし、センスよく使いこなしてくれたけど…)
とはいえ、フェリシアにここまでアドバイスに来てもらうのは難しいだろう。また思いがフェリシアに向いてしまったことを反省した。思わず小さな溜息が漏れる。ニナはそんなアレクシスの様子に気づく素振りもなく、商品に視線を落としていた。真剣にこの店の売上げを上げるための策を練っているのだろう。
アレクシスはなんとかうまく伝えられないかと、並べられた小物たちにもう一度目を落とす。すると、棚の隅の方に置かれた、ニナの瞳の色と同じ橄欖石を小花状にあしらったものがいくつか並んだ髪飾りが目に入った。石の使い方や量などの匙加減が絶妙だからだろうか、華やかなのにすっきりとした印象だ。可憐で、ニナの雰囲気にぴったりだった。
(この髪飾りはいいな。なんだか目を惹く)
隣でまだ考え込んでいるニナをちらりと見やる。髪が顔にかかるのが鬱陶しいのだろうか、小さな耳に髪をかける仕草を朝から何度も目にしていた。
アレクシスはそっと店員に目で合図をすると、その髪飾りを購入した。
ニナの隣に戻ったアレクシスは、
「ちょっと失礼するよ」
と声を掛け、ニナの髪に触れた。想像通りの、ふわふわと柔らかい感触。さらさらと流れるようだったフェリシアの髪とは、また違う。思えば、フェリシア以外の女性の髪に触れるのは初めてだ。だが何故か、懸命に考えているニナに何かしてあげたいと思い、衝動的に動いてしまったのだ。
「えっ!王太子殿下!?」
ニナがびくっとして固まる。
「驚かせてごめんね。でも、ちょっとだけ、じっとしてて」
アレクシスはニナの両耳の上あたりの髪をすくうと、ちょっとねじって買ったばかりの髪飾りで留めた。こんなやり方で合っているのかはわからないが、これで髪が顔にかかることもないだろう。フェイスラインがすっきりと現れ、小さな顔が引き立つ。
「うん、似合う。この髪飾りは、いいと思うよ」
店員から受け取った手鏡で合わせ鏡をし、ニナに髪留めを見せると、ニナの顔がみるみる赤くなっていくのが映った。
「あ、ありがとうございます…」
恥ずかしそうに目を伏せながらも、ニナはちらりと髪留めのデザインを確認した。
「あれ、この髪留め…」
ニナが何かに気づいたように、その髪留めが置いてあった一角に目をやる。
アレクシスもそちらに目を向けると、頷きながら言った。
「うん、この一角のアクセサリーは、なんかいいよね。王都の流行りのものともちょっと違うんだけど、とても魅力的なんだ」
「ここに置かれたアクセサリーは、私の友人がデザインして作っているオリジナルなんです」
「え、そうなの?それなら、もっとこの子の作品を扱ったらいいのに。こんな隅の方に置いておくのはもったいないと思うよ。これだったら、王都から来たご令嬢たちも欲しがるんじゃないかな」
「そうですね!さっそく友人に相談してみます!」
ニナの表情がみるみる輝く。先程の恥じらいも、もうこの店の改善策を考える方に上書きされてしまったようだ。それを見たアレクシスはほっと胸を撫でおろした。
(よかった。ニナ嬢はこういう前向きな表情が魅力的だな)
ニナの明るい表情につられるように、アレクシスも自然と笑顔になっていた。
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