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王太子は過去を語る

 謁見の間にて、アレクシスとニナは国王に挨拶をした。国王は並ぶ二人の姿を見て優しく目を細める。

「ニナ嬢、アレクシスから話は聞いた。アレクシスを選んでくれてありがとう。――息子のことをよろしく頼む」

 予想外の国王の言葉に、ニナは一瞬面食らった様子を見せながらも深いお辞儀で応えた。まさか謝意を述べられるとは思ってもみなかったのだろう。温かい声掛けに、大きな瞳に涙が光る。

「感謝を申し上げるのは私の方です。結婚をお許しいただき、ありがとうございます。アレクシス様の隣に恥じない存在になれるよう、鋭意研鑽に努めます」

 国王は優しい眼差しでニナを見つめ満足気に頷いた。アレクシスも、国王が父親としての言葉でニナを受け入れてくれたことに、胸が熱くなった。


「ところでアレクシス、もうバトン辺境伯に使いは出したのか?」

「はい。今朝バトン領に向けて立ちました」

 早馬で駆ければ、明日の朝にはバトン領に着くはずだ。

「ならば、すぐにでも婚約は成立するだろう。――婚約が成立すれば、ニナ嬢には妃教育を受けてもらうことになる。政務官補佐の仕事はここまでにした方がよいのではないか?」

 自分を案じるように掛けられた国王の言葉に、ニナは真っ直ぐな眼差しで答えた。

「お許しいただけるのであれば、政務官補佐の仕事は、可能な限り続けさせていただきたく思います。まだまだ学びたいことがたくさんあるのです」

「そうか。ニナ嬢の有能さと働きぶりは私の耳にも届いている。続けてくれるのは大いに助かるが…」

 国王が小柄なニナを心配気に見つめる。華奢なニナが激務に耐えられるのか案じているのだ。しかし、ニナの決意が固いことをアレクシスは知っている。業務量を調整しながら、なんとかニナが学ぶ機会を確保してあげたかった。

「陛下。ご存じの通り、ニナは知識も教養もすでに十分ですので、妃教育は王族としての作法や慣習を身につけてもらうだけです。無理をせずとも、妃教育は半日ずつ、それで半年もあれば問題ないと存じます」

 ニナが慌ててアレクシスを見つめる。瞳が不安気に揺れていたが、アレクシスは優しく首を振った。


「ニナ、努力家で慎み深いのは君の長所だけど、自己評価が低すぎるのは駄目だよ。僕は人を見る目は、幼い頃から養ってきたつもりだ。嘘も言わないし、もちろん欲目なんかじゃない。君はもうすでに、並の貴族令嬢とは比べものにならないほどの素養を持っている。だから、妃教育に関しては心配しないで」

 ニナの瞳を見つめ、ふわりと微笑む。

「婚約披露式は、半年後に行えるように準備しよう。本当はもっと早くニナを披露したいけど、王太子としての立場上、どんなに急いでも準備期間に半年は必要でね。――陛下、よろしいでしょうか?」

「いいだろう。その様子では、アレクシスはとてもではないが半年以上は待てまい。ニナ嬢には世話を掛けるがな」

 国王が苦笑しながら頷いた。アレクシスは嬉しそうにお辞儀をすると、ニナの手を取った。

「これから忙しくなるけど、僕も精一杯支えるから」

「はい。ありがとうございます」

 ニナもきゅっと手を握り返し、嬉しそうに微笑んだ。


 ニナからの達ての希望で、妃教育を行う教育係の一人にフェリシアが呼ばれることになった。社交の場での振る舞い方や身に着けるものの選び方など、これまでニナが学んでこなかった部分を補う役目を担う。

(元婚約者のフェリシアが現婚約者のニナの教育係を務めることになるなんてね…)

 アレクシスは、ニナの心情を思うと複雑な気持ちだった。ニナは色恋には疎いが、人の気持ちの機微がわからないわけではない。過去にアレクシスがフェリシアに恋慕の情を抱いていたことにも気づいているのではないだろうか。そんな相手に教育係をお願いしたいと申し出るのは、どんな心情だっただろう。複雑な心境を押してでも、王太子妃として相応しい自分になるために出した結論であろうことは容易に想像がつく。アレクシスは、ニナにはこれまでのことをきちんと自分の口から話しておくべきだろうと思った。


 妃教育が始まる前日、アレクシスは終業後のニナを呼び止めた。

「ニナ、少し時間をもらえないかな。後でタウンハウスまで送るから」

 真剣な表情のアレクシスを見て、ニナも何かを感じ取ったようだ。きゅっと唇を引き結び、頷く。

(ニナにどう思われるかを考えると怖い。でも、ちゃんと話しておきたい。ニナが不安を抱えることがないように)

 アレクシスは執務室にニナを招き入れ、ソファにニナを座らせると、自分もその向かいに腰を下ろした。心臓の音がニナにも聞こえてしまうのではないかと思うほどに大きく響く。口が渇き、喉が強張るのを感じ、用意されたお茶をぐっと飲み干した。それから己を奮い立たせるように、震える手をぎゅっと握りしめて大きく深呼吸をし、ぽつりぽつりと過去を語りだした。


 幼い頃から自身を取り巻いてきた環境のこと、婚約者だったフェリシアは心の支えであり、かけがえのない存在だったこと。フェリシアが暗殺されかけた時に味わった絶望と無力感、二回目の婚約を受け入れた理由、報われないと知りながらも、フェリシアに思いを伝えたこと。フェリシアとヨアンの結婚式を見守った時の心情。――しかし、今はもうフェリシアをただただ純粋によき友人と思えるようになり、フェリシアとヨアンの幸せを心から願っていること。そして何より、そう思えるようになったのは、ニナのおかげだということ…。

 心の中に鍵を掛けて誰にも見せないようにしてきたものを、一つ一つ取り出すようにして吐き出していく。それは思いのほか辛い作業だった。ニナは時折涙を拭いながら、アレクシスの話を黙って聞いていた。


 アレクシスは最後に大きく息を吐き、すがるような眼差しをニナに向けた。

「僕が今、誰より愛していて、誰より大切にしたいのはニナだよ。ニナに出会って、僕はもう一度恋をした。ニナの存在に、僕は救われたんだ」

 嘘偽りないこの思いが、どうか伝わってほしい。アレクシスの真摯な言葉にニナは何度も頷き、涙が一筋、頬をつたい落ちた。

「辛い話をさせてしまってすみません。話してくださって、本当にありがとうございます。――私…本当は少し、胸に閊えていたんです。フェリシア様と自分を比べて、かなわないなって…。だけど、アレクシス様がこうして真っ直ぐに向き合ってくださったおかげで、その閊えもなくなりました」

 やはり、ニナは不安を抱えていたのだ。アレクシスはニナの頬をつたう涙を指先で拭い、ニナを抱きしめた。

「不安にさせてごめん。でも、何も案じることなんてないんだ。ニナがいてくれたら、それだけで…」

 ニナが腕の中で頷く。

「――フェリシア様に教育係をお願いしたのは、今の私に一番必要なものを持っているのはフェリシア様だと思ったからです。胸を張ってアレクシス様の隣に立てるようになるために、私にできる努力はなんでもしようって。でも、絶対にフェリシア様にはなれない自分が、どうしようもなく悲しくもありました。だけど…今アレクシス様のお話を聞いて、私は私でいいんだって思えたんです。私は、フェリシア様から学んだことを生かして、私にしかなれない理想の王太子妃を…アレクシス様の妃を目指したいと思います」

 きちんとアレクシスとの未来を見据え、自分の目指す姿を追い求める決意をしたニナ。アレクシスはニナが自分を選んでくれたことを心から感謝した。

(ニナが僕との結婚のために頑張ってくれようとしているんだから、僕はそばでそれを支える。これから先は、不安な思いも辛い思いも絶対にさせない。僕がニナを幸せにするんだ)

 アレクシスはニナを抱きしめながら、改めて強く決意した。

読んでくださり、ありがとうございます!


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