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王太子の気遣い〈side:ニナ〉

 フェリシアに案内されて入った隣室には、美しいドレスや小物が用意されていた。

「ニナ様は国王陛下との晩餐のお話を、今朝知らされたとうかがいました。急なことでさぞ驚かれたことでしょう。アレク様より、ニナ様のお支度のお手伝いを仰せつかっております。ここにあるのは、すべてニナ様のためにアレク様がご用意されたものですので、遠慮なく使ってほしいとのことでした。国王陛下との晩餐だなんて、ただでさえ緊張されているだろうに、仕事着のままではさらに尻込みしてしまうだろうからと」

 優しく微笑むフェリシアに、ニナは思わずぶんぶんと頭を振った。

「そ、そんな!だからといって、公爵夫人にお手伝いをいただくなんて!それにこんな豪華なドレスや小物、どうしたらいいか…」

 フェリシアは焦るニナに、遠慮がちに手を伸ばす。

「どうぞ、フェリシアとお呼びください。仲良くしていただけたら嬉しいです。それに、ドレスや小物はアレク様がニナ様のためにとご用意されたものですから、ニナ様に使っていただいた方がきっと喜ばれます」


 フェリシアの雰囲気の柔らかさに、緊張していたニナの心が解きほぐされていく。元王太子の婚約者で、公爵夫人という地位にありながら、フェリシアには少しもその立場を笠に着たところがなかった。それに、せっかくアレクシスがニナのために用意してくれたというその心遣いを無駄にはできない。そこまでアレクシスが自分のことを気遣ってくれたのも、光栄なことだ。恐れ多い気持ちに押しつぶされそうな反面、素直に嬉しいと感じる自分もいた。

「――承知いたしました。そ、それでは…フェリシア様、よろしくお願いいたします」

 ニナが恐る恐る頷くと、フェリシアが嬉しそうに微笑んだ。ぱあっと花が咲いたような眩い笑顔に、ニナは目を奪われた。


「髪留めは、アレク様からこちらを使うようにと仰せつかっておりますので」

 アレクシスが指定したという髪留めは、金色の台座に小さな蒼玉(サファイア)が散りばめられていた。目にしただけで心が躍る。

(綺麗な髪留め…。それに、殿下の瞳の色…)

 繊細な細工が施されたその髪留めは、どこか造りに見覚えがあった。

「ニナ様のご友人のアクセサリー職人の方の作とおっしゃっていましたよ」

 フェリシアがすいすいとニナのドレスや小物を見立てながら教えてくれた。

(ジャンの…?殿下は、本当にいろいろと気遣ってくださっているのね…)


 あっという間にコーディネートを決めると、続いてフェリシアはニナをどんどんドレスアップさせていく。てっきりメイドが手伝いにきてくれるものと思っていたニナは驚きを隠せない。

「何から何まで申し訳ございません…。けれど、フェリシア様は、どうしてこのようにお手際が…?」

 恐縮するニナの髪を結い上げ、アレクシスからの髪留めを留めながらフェリシアが笑った。

「お気になさらないでください。私は普段からヨアン様と従者と三人で暮らしておりますので、慣れているだけです。」

「え、侍女はいないのですか?」

「ええ。いろいろと事情があったもので、ヨアン様と一緒に暮らすようになる前から、身の回りのことは自分でする習慣がついておりまして。それに、住まいでは可愛い方々がお手伝いをしてくれるので、何も不自由はないんですよ」

 にこにこしながら優雅な仕草で手際よくニナを飾りつけていくフェリシア。

「可愛い方々?」

「ええ。とっても可愛らしくて、頼りになる方々です」

 ふふふ、とフェリシアが嬉しそうに微笑む。従者と三人で暮らしているなら、ペットでもいるのだろうか。少し不思議に思いながら、自分を飾りつけてくれる白く美しい手を眺めていた。

(確か、フェリシア様は元々侯爵令嬢だったはず…。それに、殿下とご婚約されていたのだから、当然何人も侍女がいたのでは…)

 アレクシスと婚約破棄になった原因は噂で聞いたことがある。きっと辛い思いも多かったことだろう。

(それなのに、フェリシア様は優しくてとても穏やかだわ。私よりも年下のはずよね。外見も中身も信じられないくらい美しくて…。殿下の婚約者だったのも、本当に納得…)

 自分が想像もできないような様々な経験をしてきたであろうに、心根が美しいままのフェリシアに、ニナは尊敬の念を抱いた。


「フェリシア様は、素晴らしい方ですね…。殿下もフェリシア様をとても信頼されていらっしゃるのが伝わってきました」

 そう口にした瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

(今の痛みのようなものは…何?)

 フェリシアの人となりに感動しているというのに、何故胸が痛むのか、ニナは不思議だった。自分でも理解できない感情に困惑する。

 フェリシアは少し心配そうにニナの表情をうかがいながら、まるでニナを安心させようとするかのように柔らかな声で言った。

「とんでもございません。私は幼い頃からアレク様を存じ上げているだけのことですわ。アレク様には本当にいろいろと助けていただいてばかりで…。お名前も…本来は殿下とお呼びすべきところなのですが、友情の証に昔と変わらない呼び方で呼んで欲しいとおっしゃっていただき、恐れながら今もアレク様とお呼び申し上げております。すべてはアレク様のお優しいお心遣いというだけで、そこに特別な意図はございません」

「そう…なのですね…」

 フェリシアの説明に、少しほっとしたような感情を抱き、またニナは困惑した。フェリシアがアレクシスの名を呼ぶたび、複雑な心境になっていたニナの様子に、フェリシアは気づいていたのだろうか。そもそも、何故複雑な心境になどなるのだろうか。

(幼い頃から懇意にされていたうえに、元婚約者であるお二人の仲がよろしいのは当然のことなのに…。疎外感なのかしら?この感情は一体何なの?)


 自分の感情に心の中で首をかしげていると、話をしながらも手を動かしていたフェリシアがニナの支度を終えて鏡の前に立たせてくれた。

「いかがでしょうか、ニナ様。ニナ様はお肌がとってもお綺麗ですし、アレク様の選んだドレスはどれもお似合いになりそうでしたが、本日はこちらの鮮やかなブルーのドレスをお召しいただきました。髪留めも蒼玉でしたし、相性がよろしいかと思いまして。お嫌いでないといいのですが…」


 鏡の中の自分を見て、ニナは驚きを隠せなかった。

(こんな洗練された自分を見るのは…初めてだわ…)

 鮮やかなブルーが、キメの整った白い肌をより輝かせていた。片側へ毛先を流すように編み込まれた髪にアレクシスの選んだ髪飾りが映える。肌の美しさとニナの大きな瞳を引き立てるように施されたメイクは、控えめなのにまるで普段のニナとは別人のように垢抜け、大人びて見えた。

「あの、フェリシア様、本当にありがとうございます。素敵過ぎて、私じゃないみたいです」

「いいえ、ニナ様がお美しいからですよ。気に入っていただけたようでよかったです。特にその髪留め、本当にお似合いですわ」

 ニナの言葉を聞いて、フェリシアが心から安心したように麗しく微笑んだ。


(小物使いのセンスもすごい。耳飾りや首飾りも素敵で…。ちゃんとひとつひとつ素晴らしいデザインなのに、それぞれの個性が喧嘩せず、髪飾りを一番際立たせるように使われているわ。フェリシア様にバトン領の商品のアドバイスをいただけたら、どんなにいいかしら…)

 そう考えて、ニナははっとした。アレクシスがわざわざフェリシアにニナの支度を手伝わせた意図に気づいたのだ。

(殿下はフェリシア様のセンスの素晴らしさをご存知だったから、私にそれを知る機会を作ってくださったのだわ!以前バトン領のお店で私が言ったことを覚えていてくださったんだ。だから、フェリシア様にアドバイスをもらうといいって、こういう形で伝えてくださったのね)

 アレクシスのさりげない気遣いに、ニナは感動した。先程までのよくわからないモヤモヤした感情も、嬉しさに上書きされてどこかに行ってしまった。

(せっかくの殿下のご厚意、無駄にはできないわ)

 ぐっと顔を上げてすらりと背の高いフェリシアを見上げると、ニナは勢い込んで言った。

「あの、フェリシア様、折り入ってお願いがございまして…!」


 ニナの話を真剣に聞いていたフェリシアは、少し考えて答えた。

「私などでお力になれることであれば、喜んでご協力させていただきます。ただ、もしバトン領を訪問させていただく必要があるのでしたら、一度夫にも相談させてくださいませ」

「それはもちろんです。公爵閣下には、私からもお話させていただきます」

 ニナの強い志を宿した瞳を見つめていたフェリシアは、にっこりと微笑んだ。アレクシスの笑顔にも似た、眩しすぎるほどの笑顔。

(この方々は…王家に連なる方々は、やっぱり私たちとは何かが違うのだわ)

 ニナはその笑顔に見惚れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

読んでくださり、ありがとうございます!

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