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王族の結婚式

 祝福の鐘が鳴り響き、溢れる歓声と拍手とともに色とりどりの花びらが舞う。

 その中心で、初恋の令嬢が自分ではない相手と寄り添い、幸せそうに笑っていた。

 ずっと自分の婚約者として一緒に歩んできた。王と王妃となり、二人で苦楽を共にしていくのだと思っていた。──好きで好きで、たまらなかった。だけど、思いは叶わなかった。

(さようなら。幸せに)

 未練を断ち切るように、拍手をする手に力を込めた。


                     ◆◆◆


「ねえ、そういえば今日って、王都で陽炎姫様の結婚式が行われてるんでしょ?」

 机に向かい、忙しなくペンを走らせる辺境伯令嬢ニナを横目に、隣のクレメール領から遊びに来ている伯爵令嬢のナタリーが、お茶を飲みながら目を輝かせた。歳が近い二人は、幼い頃から互いの領を行き来する仲だ。

「そうなの?」

 ニナは書類から顔も上げず、どうでもよさそうに返事をした。オレンジがかったブラウンのふわふわした髪が、ペンの動きに合わせるように小さく揺れている。大きな橄欖石(ペリドット)の瞳も、忙しそうに紙の上で視線を走らせていた。

「そうなの?ってニナ、いくら私たちには無縁の話だからって、無関心すぎるんじゃない?陽炎姫様って、かつて王太子殿下の婚約者だった方よ?それに、王弟でいらっしゃるドゥメルク公爵閣下とご結婚されるんだから、貴族として知っておくべきでしょう」

 王族の結婚の話題にはまったく興味がなさそうに仕事に熱中するニナに溜息を吐きながら、ナタリーが頬を膨らませた。

 

 ここは、ルベライト王国の王都から遠く離れた辺境の地、バトン領。

 好戦的な隣国カルセドニー帝国と国境を隔てて隣接するこの地は、国を守るうえで落とされるわけにはいかない要所であるため、古くより武の道を極めた辺境伯家が治めている。険しい山の裾野に位置し、食物の栽培に適さぬうえに、これといった資源もないため、かつては国一番の貧乏領と揶揄されていたが、近年は少し様相が変わってきていた。


「ご結婚されることは知ってるんだから、結婚式がいつかだなんて、知らなくても問題ないでしょ?バトン領には関係のない話だし」

 仕事に一区切りついたのか、ニナはようやくペンを置き、ぐぐっと伸びをしてから冷めてしまったお茶のカップを手に取った。侍女がお茶を入れ直そうとポットに手を伸ばしかけたが、ニナは視線でそれを制する。

「喉が渇いちゃってたから、このままでいいわ。ありがとう」

 にこっと侍女に微笑みかけ、ニナはぐいっとお茶を飲んだ。ナタリーは呆れ顔でニナを見つめる。

「貴女は本当に、貴族令嬢らしくないわよねー。領地のこと意外にはまったく関心がないし。今日ご結婚された陽炎姫様って、女神様のようにお美しいんですってよ?それに、ものすごく聡明でいらっしゃるんですって。一度はお目にかかってみたいわぁ」

 陽炎姫の二つ名を持つその令嬢の名は、フェリシア・ド・デュプラ侯爵令嬢。かつてはこの国の王太子の婚約者であり、その類い希なる美しさと聡明さから、”ルベライトの至宝”と称えられていた。しかし、権謀術数に巻き込まれ王太子と婚約破棄に至り、その後は表舞台から姿を消したために、陽炎姫と呼ばれるようになったのだ。

「そんな方が魔王様と結婚させられちゃったのは、お可哀想よね」

 ナタリーが眉間に小さく皺を寄せて言った。

「魔王様ねぇ。ドゥメルク公爵閣下って、本当にそんなに恐ろしい方なの?」

 ニナがお茶の飲み干してカップを置くと、すかさず侍女がお茶を注ぐ。ニナはソーサーの横に並べられたクッキーをひとつつまみ、さくりと囓った。 

「今更ー?有名な話じゃない。不気味な山羊の頭蓋骨の面を被った、鮮血の眼の魔王って。強大な魔力を持ってて、簡単に人を殺してしまうそうよ」

 恐ろしそうに顔を顰めるナタリーを見て、ニナは溜息を吐いた。

「でも、その魔王様はじめ、王族方の魔力による結界のおかげでこの国は平和なんだから、感謝しないといけないわ」


 この世界には、ほんの一握り、魔力を有する人間がいる。ここルベライト王国では、その力を持つ者は王族のみだ。創世の世にこの地を治める神より力を賜ったとされる王族が、今もその力を受け継いでいる。なかでも王弟のドゥメルク公爵の魔力量はずば抜けており、悪魔のような鮮紅の瞳を持つ特異な容姿も相まって、魔王と呼ばれ怖れられているらしい。

 王族は魔力を使い、ルベライト王国への侵略を目論むカルセドニー帝国との国境に結界を張り、国を守っている。結界があるとはいえ、侵略への備えは必要だ。そのための辺境伯家であるが、ニナは当主である父が実際に騎士団を率いて出征するのを見たくはない。だから、魔王と怖れられる公爵のことも、噂だけで非難する気にはなれなかった。


「魔王様がどんなに恐ろしい方なのかわからないけれど、この国を守ってくださっているお一人なのだもの。恐ろしいだけではないはずよ」

 ニナに諭され、ナタリーも反省したように頷いた。

「そうよね。きっとそういう功績があるから、陽炎姫様とご結婚されるに至ったのよね。――でもほら、王太子殿下が二回目の婚約破棄をされた時に、もう一度陽炎姫様とご婚約されるんじゃないかって噂になってたでしょ?だから、どうせなら陽炎姫様には皇太子妃様に、そしてゆくゆくは王妃様になっていただきたかったなぁって、思っちゃうのよね」

 そういう声は、ナタリー以外の人からも何度も聞いている。それほどまでに、陽炎姫の人気は根強いのだろう。

「そんな噂があったにも関わらず王太子殿下とご結婚されなかったということは、何かご事情があったんでしょ。私たちにはうかがい知れないことよ」

 そう言うとニナはもうひとつクッキーを口に入れ、再びペンを取った。

「もうー。ニナったらつまんないのー」

 これでまたしばらく相手をしてもらえないと悟ったナタリーは、面白くなさそうにお茶を飲み干し、席を立った。


(ナタリーには悪いけれど、この書類は今日中に作成しちゃいたいのよね)

 部屋を出て行くナタリーの背中をちらりと見送りながら、ニナは書類の束を手に取った。ここ数年は、辺境騎士団を率いる父に代わり、領地経営に関することはニナがほとんど処理している。ニナには兄がいるが、こちらも騎士として王都騎士団の辺境警備隊に配属されており、バトン領にはいるものの、領地経営のことにはまったく関わっていない。

(我が家の男性陣は、武の道以外はからっきしだし…)

 鍛錬こそ己の道とばかりに突き進んでいる父と兄に、おっとりとした母。それがニナの家族だ。

(このバトン領は、私が必ずもっと豊かにしてみせるわ。そのためには、もっともっと頑張らなくちゃ)

 ニナは自分の大きな夢を叶えるべく、ペンを握り直した。

お読みくださり、ありがとうございました!


こちらは『黄泉がえり陽炎姫は最恐魔王に溺愛される〜暗殺されかけて王太子と婚約破棄になったら、一途すぎる魔王に囚われました〜』のスピンオフです。

そちらも合わせて読んでいただけますと、よりお楽しみいただけると思います。

https://ncode.syosetu.com/n2508hv/

よろしくお願いします!

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