第五話 凶器と解放
「僕はナイフを母の胸に突き立てました」
それを聞いたカイは身震いした。ヨハネの声はとても冷たく無感情で、その様はまるで機械のようだった。その衝撃的な告白は、まるでヨハネを人間以外の存在であるかのように見せた。
「母はとても不思議な顔をしていました。一言も発しないまま自分の胸を見て、突き立てられたナイフの柄を握る僕の手にそっと触れました。そのまま素早くナイフを引き抜くと、母は小さく息をしました。それと同時に、胸から真っ赤な命が止めどなく溢れ出し、僕の全身や床や壁を染めました。その時、母と僕の血が同じ色だということに何だか感嘆したのを覚えています。母は僕の目を真っ直ぐに見て微笑むと、触れていた両手を静かに離し、そのまま床へと崩れ落ちました。父は何が起きたのか分からないという顔で、その一部始終を黙って見ていました。やがて恐怖に駆られたのか、悲鳴をあげながら家を出て行きました。僕はといえば、母の命を奪った凶器を握り締めたままその場に立ち尽くしていました。倒れ込んでいる母の身体は全く動きません。よく見れば、その床には大きな血溜まりが出来ていました。ああ、母の顔は安らかな顔をしています。母はきっと、僕の感情を理解してくれたのだ。そう思いながら、その寝顔をずっと眺めていました。これでもう、母が父に苦しめられることはない……そう思いました。僕はその時、本気でそう思ったんです」
ヨハネは右手をまた胸に当てた。そして懺悔するようにまぶたを閉じてうつむいた。