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第四話   父と母

「……そして、その後のことです」

 ヨハネはカイから視線をそらすことなく話を続けた。

「僕は頭の中を、真っ白な何か……得体の知れないものに支配されているような高揚感と恍惚感に包まれ、そのまま手にしていたナイフと共に部屋を出ました。一階にある応接間へ降りていくと、そこはひどい有様で、部屋中に割れた皿や砕け散ったコップの欠片が散乱していました。父はまだ母を殴りつけています」

 ヨハネの話す声が、段々と速度を増していくのがカイには分かった。ヨハネは情景を思い出して興奮しているようだ。その表情は笑っているようにも、泣き出しそうにも見えた。

「床へ倒れ込んだ母に僕が駆け寄って膝をつくと、父は僕の手にしていたナイフを見て後ずさりしました。こんな小さなナイフでひるむような男なのだと分かって、父への怒りは最大限に達しました。そして、失望。なんてこの男はくだらないんだ……そんなことを思っていると、母が僕の肩から流れ出ている血でシャツが赤く染まっていることに気づいて、小さく悲鳴をあげました。父もきっとそれには気づいているのでしょうが、それよりもナイフが気になるようで、その場から動けないでいました。僕が『もう大丈夫だよ、母さん』と言うと、自分は殴られて唇が切れているというのに、母は僕の心配をして、『どうしたの、その傷は!早く血を止めないと!』と言ったのです。その言葉を聞いて、僕の視界は涙でにじみました。そうか、今まで母が父の暴力を抵抗もせずに黙って受け入れていたのは、母が弱い人間だからではなく、僕を守るためだったんだということにやっと気づいたのです。これが母の愛というものなのか。今までそれに気づかなかった僕は何て愚かなんだ!僕は母から、確かに愛されていたのです。それをはっきりと意識した時、僕はある決意をしてナイフを強く握り締めました。母は僕を気遣うように寄り添い、そっと僕の顔をのぞき込みました。僕はこれ以上、母が父からこんなひどい仕打ちを受けないようにと強く願い、そして……」

 ヨハネは肺の中にあった空気を全て使って、ここまでの話を感情を交えながら話した。息が少し乱れている。息を整えるようにゆっくりと何度か深呼吸をして、ヨハネはまた先程のようにまぶたを閉じて次の言葉を選んだ。

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