第二話 少年と優等生
「僕が初めて人を殺したのは、十四歳の時でした」
ヨハネはゆっくり右手を下ろすと、両手を膝の上で組んだ。そのまぶたはしっかりと閉じられていて、情景を詳細に思い出しながら話そうとしている様子が見て取れる。
カイはといえば、そんな物々しい仕草を一つも見逃すまいというように、ヨハネを見つめていた。
「僕はそれまで誰かを愛したこともなく、愛されたという実感を得ることもなく生きてきました。それでも普段は優等生の仮面を着けて、退屈なばかりの毎日を問題を起こすこともなく過ごしていました。ですが、心の奥底にはただやり場のない不満ばかりが募っていたのです。ある日、いつものように学校の授業を終えて家に帰ると、父がいつものように母を罵倒し、殴りつけていました。僕はそれを見なかったことにして、そのまま外へと出て行きました。行き場を無くしてふらふらと街をさまよっていると、不良達が同級生の少年を囲んで殴りつけていました。少年とは顔見知り程度の中だったので、関わり合いになりたくなかったのですが、彼は必死な顔で僕に助けを求めてきました。僕は学校の中では目立つ存在でもなく、喧嘩もろくにしたことはありませんでしたが、不良達は僕の顔を見ると、何故か少年にも興味を無くしてどこかへ行ってしまいました。少年は僕に『ありがとう』と言いました。僕はそんな礼などどうでも良かったのですが、別にどこかへ行く宛があるわけではありませんでしたし、彼がやたらと興奮して『話したい』と言うので、少し付き合うことにしました。二人で川原まで歩いていくと、彼はポケットから刃渡り15㎝ほどの折り畳みナイフを取り出して、僕に見せました。『いざとなればこれで抵抗するつもりだった』と笑いながら彼は言いました。なぜかは分かりませんが、僕はその時、急に彼のことが憎らしくなり、彼の横っ面を思い切り殴りつけました。すると、折り畳みナイフは彼の手から落ちて、彼と同じように川原へ転がりました。彼は何が起きたのか分からないといった様子でしばらく地面に寝転がっていましたが、僕が怒りをあらわにしていることが表情から見て取れたようで、不意に立ち上がると、怯えた顔をしてそのままどこかへと走り去ってしまいました。後に残された僕は、ゆっくりと折り畳みナイフを拾い上げ、ついた砂を落とすと自分の胸ポケットへとしまい込みました」
ヨハネはここで一度言葉を切り、大きく息をした。それを見たカイも同じように大きく息をする。しばらくの間、静寂が空間を支配した。