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地に落ちた烏

ルーナ側にうつります。

なんだ、こいつは?

これはいったいなんなんだ?

この動き、この力は本当に人間なのか?


クロウは頭上から向かってきた一撃を、持っていた剣で必死に受け止めた。

ガキンとすぐ耳の側で金属音がし、火花が散る。

この一撃も恐ろしく重い。

なんとか攻撃を押し返し、後に飛んで距離を取った。

重すぎる攻撃を受け続けた腕がブルブルと震えている。

もう後何度あの攻撃を凌げるか、わからない。


さっさと撤退しなければ。

けれど凄まじい連続攻撃を必死で避けているうちに、いつのまにか立ち位置が入れ代わってしまっている。

出口はルーナルドの後ろ。

ルーナルドを出し抜かないと逃げることすら出来ない。


なんとか突破口をひらこうと、あらゆる手段を用いたのに。

それこそ、小さな屋敷なら買えるほどの価値がある魔法具を、出し惜しみなくいくつも使ったのに。

あの男には一切通じなかった。

細身の体を覆い尽くす激越とした魔力と、目で追うことすら難しい速さと重さを持った剣撃で全てをなぎ払ってしまった。


こんな・・・・。

これほどの化け物だなんて・・・。


・・・・・・聞いていない!!


弱っているとの情報だったのに。

手下に調べさせた時は信憑性があり、是だと判断したのに。

弱っていてこの強さなどあり得ない。

では情報はガセだったのだ。

いやそもそも、自分こそが世界最強だと信じていたのに。

こうも手も足もでず逃げることすら出来ないなんて。


ゆらゆらと。

不安定に体を左右に揺らしながら、足音すらたてずに血狂い王子が近づいて来る。

まるで力のない人形が、見えない糸で操られているかのような、不自然なその歩き方がより恐怖心を煽る。

薄ぐらい室内に、血狂い王子の金瞳がぎらぎらと怪しく輝き。

クロウと目が合った瞬間、すーっと細められた。

鬼気迫るような美しくも恐ろしいその顔に、クロウは心の底から戦慄した。


恐ろしい。


他者に対してこれほど強烈な恐れを抱いたのだ初めてだった。

ゆっくりと近づいてくるあれは一体何なんだ。

あれは本当に人間か? あれほどの強さを人が手に出来るものなのか?

恐怖は体を突き動かし、必死で距離を取ろうと後ずさる。

そして後悔した。


あれは決して敵に回してはいけないものだった。


一体なにが彼の逆鱗に触れたのか。

それとも血に狂っているゆえに、理由なくただ目の前のクロウを切り刻みたいだけなのか。


血狂い・・・?


その言葉にふと違和感を覚えた。


本当に・・・・?

怪しく光るその瞳は、あれほどの知性を兼ね備えているのに・・・?


・・・・・・いいや、あの王子は狂ってなどいない・・・。


確かな行動理念のもと動いている。


・・・・・そうだ、あの時だって「やっと手に入れた」と言っていたではないか。


であれば、最初からあいつの目的は全ての証拠となる魔法印が押されたあの書類。

クロウは相手の力量をはかり間違え、みすみすそれを渡してしまった。


けれどもういい。

この男相手では、あっという間に雇用主も滅ぼされるだろう。

命を懸けてまで義理立てするほどの相手ではない。

さっさと逃げるべきだ。


そう思うのに。

足が張り付いたように動かない。


ルーナルドから放たれる、一種異様で強烈な覇気。

絶対に逃がさないという彼の意思を反映するかのように、それはクロウに絡み付き恐怖となって体の自由を奪う。

刃向かうことはおろか、逃げることさえできなくなる。


ゆらゆらと体を揺らしながら、ルーナルドが近づいて来る。

クロウは今度こそ恐ろしさの余り叫びだしそうになり・・・。

けれどそれより一瞬早く、ルーナルドの体が不自然に揺れた。

膨れ上がり絡み付いていた強烈な覇気が、一瞬で緩む。

頭を押さえ付けていた重圧がなくなり、空気が柔らかくなった。


・・・・・・・・・なんだ・・・?


訝し気に眉を寄せたクロウの目の前で。

ルーナルドの体がグラリと傾きそのまま倒れ込んだ。

ゴホゴホと。

聞くのも堪えがたいほどの苦しそうな咳。

次いでビチャリと不快な音がして床一面が赤く染まる。


・・・・血を、吐いた・・・?


その事実に、先刻の考えが再び浮かび上がる。


やはり弱っていたのだ。

しかも相当に弱っているのではないのか?

でなければ血など吐くわけがない。それもあれほど何度も大量に。


何度も何度もルーナルドは大量に血を吐き苦しそうに呻いている。

必死で吸い込んでいるであろうその呼吸音には常に不協和音が伴い、顔は真っ青に染まり一面苦悶を讃えている。


─────・・・・今なら殺れる。


実力で勝ったわけではないのが悔しい限りだが。

運も実力のうちだ。

卑怯などという言葉はクロウの中には存在しない。殺せる獲物は殺せるときに確実に殺さなければ。

最後に生きていたものが勝ちなのだ。


くくっとクロウは肩を揺らす。


あれほど圧倒的な強さを誇った男を、殺れるのだ。

あの端正な顔が恐怖で歪み、苦痛で固まったまま首から落ちるさまはどれほど美しいか。

想像しただけで興奮する。


クロウは勝ちを確信した。

歪んだ笑みを口元に浮かべたまま、一歩足を踏み出し。

そこで。

強烈な警報が頭の中でけたたましく鳴り響き、本能が足を止めた。

と、同時にヒュッと風を切る音が聞こえ首もとを何かが通りすぎていく。

反射的に目で追った。鈍く光る刀身だ。


馬鹿な、なんだこれは・・・。


避けたはずだ。確かに刀身は届いていなかったはず。

なのに気がつけば焼けるような痛みとともに喉元に熱い何かが滴り落ちていく。

確認しなくても分かる。血だ。切られたのだ。

追い詰めていたのは自分だったはず。

なのに、あのまま後半歩でも前に踏み込んでいたら確実に首を落とされていた。


恐怖でどっと汗が噴き出してくる。心臓がありえないほどの速さで打ちつづけ、足に力が入らずガクガクと震えた。


苦しそうに蹲ったままの。

ゼィゼィと呼吸さえままならないルーナルドの全身から。

背筋を凍らすほどの何かが噴き出した。

今までとは質の違う、けれどそれよりも苛烈に燃え上がる何か。

立ち尽くし、ただ恐怖で目を見開くばかりのクロウの目の前で。

ルーナルドはゆっくりと背を起こし、立ち上がった。

今も彼の足元には凄まじい血だまりができている。出血過多でとっくに死んでいてもおかしくない。

まして立ち上がる、などこの目で見ても信じられない。

なのにそれでもルーナルドは立ち上がった。

ほの暗い目が、空を数秒さ迷い。そしてゆっくりとこちらを、クロウを見た。


「・・・・・ひっ!!」


反射的に後ろに引いた足がもつれ、尻餅をついた。


殺される。


そう思って、せめて身構えた。


けれど。


ルーナルドはゆっくりと方向転換をし。


「・・・・・ユフィ・・・・」と。

そう一言呟いて。


そのままクロウには目もくれず部屋から出て行った。




「・・・・・・・たすかっ・・・た?」


後に残ったのは静寂だけ。

ルーナルドの気配は徐々に遠ざかり、もう足音も聞こえない。


・・・・・冗談ではない。こんな化け物の巣窟、さっさとおさらばしなければ。


クロウは、気持ちを立て直し早々に離脱しようとして・・・。

体が指一本として動かせないことに気がついた。


「・・・・・は・・・?」


何事かと顔を下にむけて。

その傾けた首がずるっと前に動いた。

視界がグラリと揺れ、反転する。

天地逆になった世界に、首を失い血しぶきをあげて倒れ込む自分の体が見えた。


・・・・・・・あれは俺の体・・・?


もうとっくに首を切られていた。

だから、ルーナルドはクロウに目もくれずでていった。

そのことをやっと理解した瞬間、ごとり、と音を立ててクロウの首は床へと落ちた。















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