闇に蠢く暗殺者2
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男が想像していたよりも部屋はずっと広く、そして物がなかった。
豪華な家具も、何を描いたのかよくわからない派手な絵も、きらびやかなシャンデリアも。
貴族が好きそうなキラキラしいものは何一つとしてなく。
ただっぴろい部屋の中に、ポツンと椅子が置かれているだけ。
そのアンバランスさがより一層、見捨てられた第二王子の惨めさを強調しているように思えた。
なにも持たない空っぽの第二王子、か・・・。
ただ一つだけおかれた椅子には、上から下まで真っ黒な衣服を身につけた男が座っている。
黒い髪に、驚くほど端正な顔立ち。眠っているのか目を閉じているので、瞳の色までは分からないが。
黒髪だけでも十分だろう、特徴が一致する。
おそらくあれが第二王子ルーナルドだ。
男は椅子に座ったままピクリとも動かないルーナルドを目を細めて観察する。
そうして数秒の後、フンと小さく鼻を鳴らした。
ここまで接近されても気づきせず、眠り呆けているとは呑気なものだ。
体を覆う気配もやはり余りにも弱々しい。
これがこの国最強の男とは。
見捨てられたとはいえ、王子の地位をうまく使ったのか。それとも余程運がいいのか。
もしかしたら、どこかに優秀な影武者がいるのかもしれない。
どちらにしても、弱い。弱すぎる。
だからこそ、まだ殺すのは先だ。
なにが起きようといつでも殺せる。抵抗されても力でいくらでも押さえ込めるのだから。
「こんにちは、第二王子殿下」
自身にかかっていた隠遁の魔法を解いて、男は薄暗い部屋の中にゆらりと姿を現した。
静寂の中男の、一見優しく穏やかな声が響き渡る。
ピクリ、と。
椅子にもたれかかったままの第二王子の体が揺れる。
そうしてゆっくりとその瞳が開かれていく。
見惚れるほど美しい黄金の瞳だ。
気だるそうなその瞳は頼りなげに空虚に揺れて。
そうしてやっと、男に気がついたようにその視線を止める。
「・・・・・・・・・誰だ・・・・・・」
弱々しい声に、苦しげな呼吸音が混じる。
次いで、口元を押さえてゴホッと咳込みはじめたルーナルドに男は目を細めた。
なんと弱い。
目を覚まし、敵襲に気がついてなおこれなのか。
身を起こすことも、身構えることさえしない。
強者の気配などまるで感じられない。
あまりに脆弱。
こんな男を御することなど赤子の手を捻るよりも簡単そうだ。
嘲りの気持ちを必死に押さえて男は愛想のいい笑みを浮かべる。
「これは失礼いたしました。お初にお目にかかります、王子殿下。私の名はクロウと申します」
勿論偽名だ。本名など馬鹿正直に教えたりしない。その価値すらこの王子にはありはしない。
クロウは心の中でせせら笑う。
「今日は貴方様によき話を持ってまいりました」
そうしてクロウは、込み上げる嘲笑を隠すように丁寧に頭を下げた。
「いい話・・・・・?」
ルーナルドの低い声に、わずかに警戒したように固さが混じる。
けれどその反応はクロウに取って好都合だった。
初言で拒否しなかったということは、多少なりとも興味がある証拠。
この王子は血狂いと噂だ。
であれば、まともな思考回路はしていない。
短絡的な凶人だ。
旨味のある話をちらつかせてやれば、すぐにでも乗ってくるだろう。
第二とはいえ誰よりも正当な血が流れている、この国の第一位王位継承者。
戦力としては弱すぎるが、味方に引き入れておいて損はない。
「・・・・・・・・・・・それで?」
耳に響く鋭い声に、頭を下げたまま考え込んでいたクロウはハッと我に返った。
顔を上げれば、ルーナルドのほの暗い目が探るようにクロウを睨みつけてくる。
・・・なるほど、確かにそれなりの凄みはある。
けれどそれだけだ、とクロウは笑う。
その態度が気に入らなかったのか、ルーナルドがまっすぐにクロウを睨みつけたままクイッと顎をしゃくった。
さっさと先を話せ。
そう意図しての行動だとすぐにわかり、クロウはわずかに眉を寄せた。
なんと尊大な態度か。
自分の実力もわからぬ格下風情が。
けれど、腹に力を入れてぐっと怒りを静め混む。
そうしてそれを隠すようにまた恭しく頭を下げ、ゆっくり話しはじめた。
より魅力的に、より喰いつきやすいように。
血で狂った王子に、甘く優しく誘いをかける。
「王子殿下、このまま世が平和になり、戦争が終わるなどつまらないとは思いませんか?」
「・・・・・・・・・・・」
注意深く観察していたが、ルーナルドの表情は一切変わらない。
応とも否とも答えず、ただほの暗い目が無言で先を促してくる。
「・・・・我等と一緒にもっとこの狂った世界を楽しみませんか?」
「・・・・・・・・・詳しく話せ・・・」
落ちた。
そう思った。
ルーナルドの美しい金の瞳が狂喜に光ったのが確かに見えた。
そうしてクロウは語り出す。
自らの雇い主。
共犯者。
目的に至るまでの、全てを。
ルーナルドはただ黙ってクロウの話を聞いていた。
そうして・・・。
「・・・・・・なるほど・・・。 確かに面白い話だ・・・」
全てを聞き終わった後、ルーナルドは抑揚のない声で一言そう告げた。
思っていたよりも反応が薄い。
いや、それともこれがこの王子の普通なのか。
表情が顔に一切でないので何を考えているのか分からない。
「・・・だが、お前の話が本当である、という証拠が何一つとしてない」
そんなものは信用できない、と。
ルーナルドは興味をなくしたように目を伏せた。
血狂い風情が、面倒な・・・!
さっさと話に乗ってくればいいものを。
多少なりとも知恵のあるところをみせおって。
けれど冷静になってみれば、確かに話だけでは信憑性がない。
それに多少頭が回らないと仲間に引き入れた後も使いがってが悪い。
・・・・この国のもう一人の【ばか】のように。
クロウはわずかに巡察する。
後一押しでルーナルドは簡単にこちら側に転がってくるだろう。
信憑性がかけると言ったルーナルドを、納得させる物も持っている。
けれど、それを見せてしまえばもう後戻りができない。
もし、それを見せた後に手の平を返されたら・・・。
いや、ありえない。
クロウは首を振った。
相手は血狂いの第二王子だ。
血をなによりも好むのなら戦場ほど格好の場所はない。
終わりそうな戦争を再び起こしてやろうといっているのだ。
喜びこそすれ、邪魔などしないだろう。
なにより、目の前の弱者がいくら邪魔立てしようともクロウには通じない。
これほどの力の差があるのだから。
で、あれば答えは簡単だ。
「よろしいでしょう、ではこちらを」
そうしてクロウは渡してしまう。
自分の懐から、絶対に動かせない証拠となる物を。
自分の雇い主と、共犯者。
全ての人間の魔法印が押された絶対に覆すことのできない決定的な証拠を。
「・・・・・・・・なるほどな・・・・・・・」
数秒の沈黙の後。
薄暗い部屋に響き渡ったその声の余りの冷たさに、クロウの背筋に冷たいものが走った。
ざわり、と全身の毛が総毛立つと同時に、耳の裏で警報が響き渡る。
危険危険危険。
本能が訴えるまま、その場から慌てて後ろに飛びのいた。
そのクロウの首もと、数センチ離れたところを白銀に光る何かが通りすぎていく。
「・・・・・・・やっと手に入れた・・・。 ・・・逃がさないぞ・・・」
ゆらりと第二王子が立ち上がった。
その背から一気に膨れ上がる目に見えるほどの威圧と覇気。
ビリビリと空気まで振動しているようだ。
・・・・・・・・・なんだこれは・・・?
ただそこにあるだけで場を一瞬で支配する、絶対強者の存在感。
極限まで高まったプレッシャーが肌に纏わり付いて痛いくらいだ。
クロウは無意識に喉を鳴らした。
急速に水分を失った喉が張り付く。
息苦しい、空気が重い。
まるで跪けと何かが頭を押さえ付けてくるかのようだ。
ルーナルドがゆっくりと足を踏み出した。
その手には白銀の輝きを放つ抜き身の剣が握られている。
先ほどクロウの首もとを通って行ったのはあれだ。
椅子のすぐ側に、剣が立てかけてあったことは知っていた。
けれどクロウの目には、ルーナルドがそれを手にとったのも、鞘から引き抜いたのも、そして横に振り抜いたのも、一切の動作が見えなかった。
ただ本能が知らせるまま、回避行動を取ったら、運よく難を逃れていただけで・・・。
ルーナルドがクロウに向けて剣を振るう。
次々と、剣撃がクロウに向かって飛んで来る。
どこから、どんな攻撃をされているのかさえわからない。
見えない。
クロウの目を持ってしても捉えられない。
それほどに早い。
長年の勘だけでクロウはそれをなんとか交わし、必死で出口へと走る。
・・・・なんてことだ・・・。
全力で走りながら、数刻前の自分に舌打ちを繰り返す。
あれのどこが弱者だ。あれのどこが弱ってる。あれのどこが格下だ。
向かい合っただけでわかる。目が合っただけで喰われそうになった。
あれは化け物だ。
あんなものに勝てるわけがない。実力が違いすぎる。
─────・・・弱者などではなかった。
弱者を見事に演じていただけだった。
見事に騙された。嵌められた。証拠を握られた。
自分こそが見事に誘導されたのだ。
走りながら、必死で術式を組み立てる。
戦いに勝つことはできないが、逃げに徹すればなんとなかなる。
これぐらいの死地はなんども乗り越えてきた。
クロウは恐怖で震える自分を必死で励まし、隠遁の術を発動させる。
姿と気配を完全に絶って、そのまま逃げられる・・・。
そう、思ったクロウの右足を何かが掠めていく。次は左腿。左足首。右の脹脛
逃げられないように確実に足元ばかりを狙われている。
「・・・・・・・・・ちっ・・・・・・」
後から、苛立ったような舌打ちが聞こえクロウは恐怖に引き攣った目を向けた。
美しい金の瞳と目が合った。
姿を隠しているはずのクロウと目が合ったのだ。
まさかそんな・・・ありえない・・・。
クロウのなによりも得意な隠遁の術が破られるなど。
「・・・逃がさないと・・そういったはずだ・・・」
クロウをまっすぐに捉えたまま、ルーナルドの目がゆっくりと細められる。
獲物を確実に刈り取るための非情な目。
逃げられない。
一瞬で認めたくない事実が頭の中にストンとおちてきて。
クロウは恐怖の余り体を奮わせ盛大に悲鳴をあげた。
恋愛小説とは、という感じの内容が続きますが
どうぞお付き合いお願いします。
読んでくださりありがとうございました。




