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黒の短剣2

────・・・宝物があると思っていた。


自分の家にある、決して立ち入ることが許されない部屋。

厳重な結界で囲まれたそこの中には、この世のものとは思えないほどの。

幼いアッシュには到底想像もつかない、なにか素敵なものが隠されているんだと。

そう、信じて疑わなかった。


けれど、そうではなかった。


初めてその話を聞いたとき。

そして初めて自分の目で、刀身を真っ黒に染めた短剣を見たとき。

恐ろしさのあまり、泣き叫んだのを覚えている。

話を聞かせてくれた父が、弱り切った顔で必死でなだめてくれて。

母が、落ち着くまで幾夜も一緒に寝てくれた。

けれど何日経っても忘れることなどできず、幼いアッシュの頭にはずっとあの黒い短剣と恐怖がこびりついていた。

いつかそんなアッシュを見かねた父が「あれは冗談だよ」と。

「父様の話はなかなか怖かっただろ」と。

そう言ってからかってくるものだと思っていたのに。

・・・・からかってきてほしかったのに。

何日経っても父は「作り話だよ」とはいってくれなかった。

そのかわりに。

「大丈夫だよ」と。

「あれを使うことが決してないように全力を尽くすから」。

「父様の代で、なんとしても終わらせるから」。

「お前には決してそんな重荷を背負わせたりしない」と。

そういってアッシュの小さな体を、アッシュが怖がって泣く度に抱きしめてくれた。


そうしてアッシュが五歳の時、姉が亡くなった。

触れれば折れそうなほど細くなったその首には、気味の悪い真っ黒な字がぐるぐると巻き付いていて。

つい数時間前に目が覚めて、アッシュとも話をしていたのに。

いつまでも寝ていないで、また遊ぼう、と。

状況もわからずそんな声をかけたアッシュに。

「そうだね」と。

「でも遊んでばかりではなく、今度勉強もみてあげるわね」と。

そう言っていたのに。

なのに、半日もたたないうちに姉は息を引き取った。


胸に、真っ黒に刀身を染めたあの短剣を抱いて。


それを見たときにアッシュは悟った。

恐ろしいことに。

あれは。

あの話は、父の作り話ではないのだと。

普段立ち入ることを許されない、あの部屋の、あの壁に飾られている、あの短剣は。

自分の一族の怨念全てを啜って出来上がった呪具であり。

余所の国のお姫様を殺すための道具なのだ、と。


・・・あの部屋に隠されていたのは、宝物なんかではなかった。



そうして、五年前に父が亡くなった。

父は長年患っていたが、体が本当に動かなくなるその時まで詳しい解呪の方法を調べていた。

幼い日にアッシュに話してくれた通り。

自分の代でなんとしても呪いが解けるように。

重い荷物を子に背負わせることがないように。

ずっと力を尽くしてくれていた。

けれど、どれだけ頑張ってもやはり解呪には至らず。

何度も何度もアッシュに謝りながら、泣きながら息を引き取った。


・・・・アッシュの父はよく泣く人だった。

もちろん人前では貴族然としていて感情の起伏はほとんど見せなかったが。

家族の前では情にあつく、穏やかで、そして涙もろかった。

リアが初めて歩いたといっては泣いていたし、アッシュが初めて魔法を使ったときも泣いていた。

ルーナルドがたまに一緒に風呂に入って背中を流した日などは、毎回家族が引くほど号泣していた。

勿論、トーマが産まれたときも泣いて喜んでいた。


けれど、アッシュの父は。

娘を亡くした時も、妻を亡くした時でさえも、アッシュ達の前では一滴の涙もみせなかった。


あれほど涙もろい父が。

ただじっと唇を噛み締めて、拳を奮わせ、まっすぐに前を見て堪えていた。


・・・父はよく泣く人だった。

けれど、それはいつも嬉しい時に流す涙ばかりで。

悲しみや苦しみからくる涙は一度として見せなかった。


その父が。

泣きながら何度もアッシュに謝って。

そして。

アッシュの目の前で息を引き取った。


ずっと父が背負ってきたものは。

あの瞬間から、公爵の地位とともにアッシュが背負うことになった。




その部屋の幾重にも張られた結界は、クロス家の血族には効果を成さない。

アッシュはふらつく体を引きずるようにしてその部屋までたどり着き、重いドアを体を使って押し開けた。

正面の壁に、かつて見たときと同じように≪それ≫はあった。

最後に見たのは、父が亡くなったとき。

今際の父の胸にその短剣を抱かせたのも。

そうしてもはや二度と動かない父の胸から、その短剣を回収したのもアッシュだ。


こうして改めてみると、本当にまがまがしい。

ただ刀身が黒いだけじゃない。

黒い負の力が立ち上っているのを、目ではなく肌で感じる。


間違いなくこれは呪具だ。

これで、呪いの根源を突きさえすれば・・・。


「・・・・・どうして・・・解呪してくれなかったんだ・・・・・・・」


ユーフェミアは確かに≪許す≫といってくれたのに・・・。

アッシュがユーフェミアにとって特別じゃないからか・・・。

だから、祈りも許しも認められなかったのか。

なら、あの時ユーフェミアの問い掛けにもし「はい」と答えていたなら。

「エトなのか」と。

「自分の特別な人なのか」と聞かれたときに。

「はい」ともし答えていたなら、今とは違う状況になっていたのだろうか?

ユーフェミアはアッシュの言葉を信じると、そう言っていたのに。

「はい」と答えてさえいれば、アッシュは彼女の特別になれたのに。

そうすれば、≪許し≫となったかもしれないのに。


それとも結局は同じだったのだろうか・・・。

言葉だけでは≪許し≫にはならず。

アッシュはただの嘘つきの卑怯者で終わったのだろうか。


わからない。

今になってはもう確かめようもない。


─────・・・そしてもう、手段を選んでいる時間もない。


・・・・・・・・・苦しいよ・・・・・。


いっそ心なんて死んでしまえばこんな痛みを感じることもないのに。

体なんかよりも余程心の方が痛い。

心が痛くて。

背負っているものが重くて。

辛くて、悲しくて。

潰れてしまいそうだった。


誰か助けて・・・・。


心が悲鳴を上げる。


ルーナ・・・。

リア・・・。

トーマ・・・。

父さん、母さん・・・。


・・・・・・・ユーフェミア・・・!


誰か・・・・誰か・・・助けて。


どちらも大切で、どちらも選びたいのに、どちらも大切だから選べない。


けれど・・・。


─────・・・どれだけ祈っても誰も助けてなどくれない。


だからアッシュは、どれだけ苦しかろうがそれでも選ばないといけない。


・・・そして、この部屋にきた時点でアッシュはもう選んでいる。


ゆっくりと歩を進め、壁に飾られたその剣の柄を握りこんだ。

その瞬間、呪具から力が流れ込んでくる。

以前父の今際のときに握ったときはなにも感じなかったのに。

今、この時こそが力を発揮する時なのだ、と。

呪具自体が分かってでもいるかのように。

まがまがしい負の力が身も心もボロボロになったアッシュの中に入り込んでくる。


────・・・さあ、今こそ一族の恨みを晴らすとき。


理不尽に命を奪われた恨みを。

まだ幼い最愛の子らを残して逝かなければいけない悲しみを。

今こそ・・・。






「・・・・・ああ、恨みを晴らしにいこう・・。 王女は、今手の届くところにいる・・・」










自話はルーナのほうに行く予定です。


きつい展開が続きますが、三人がどうなるのか、どうか最後までお付き合いください。


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