奇妙な共同生活
クロス公爵に手を取られ、先ほど逃げ出してきたばかりの屋敷へと戻る。
一歩近づくごとに、心臓が痛いくらいに早撃ちを繰り返し、背中を行く筋も汗が滑り落ちていく。
怖い・・。
いくら気丈にしようと気を張ってもどうしても体が震える。
ルーナルドは自分が逃げ出したことを知っているだろうか?
知っていればどれほどの叱責を受けるのだろう。
それとも彼だけは外にでられると言っていたから、留守なのだろううか?
そうであれば、ユーフェミアが逃げだそうとしたことを知らないかもしれない。
今朝は部屋に来なかったし、屋敷にいないという可能性も十分・・・。
そこまで考えてユーフェミアは自分の考えの甘さを知った。
屋敷の玄関。そこに全身黒尽くめの男が立っているのが見えた。
玄関に体をもたれかけ、腕をくんで。
朝の光の中輝くようほどの美貌を晒してじっとこちらを睨みつけている。
突き刺さる矢のように冷たい視線。
足が震える。一歩が踏み出せない。怖い。
「大丈夫、僕がいるよ」
預けたままの手がぎゅっと握られる。
暖かい手。
それに勇気をもらい、ユーフェミアは覚悟をもって足を踏み出した。
「やあ、ルーナ、おはよう」
黒いなにかが背中から立ち上って見える。
そんな馬鹿な錯覚を起こすほど、冷たい表情をしたルーナルドにまるで気後れすることなく、クロス公爵は笑いかける。
公爵の様子から察するに、二人はもしかしたら親しいのかもしれない。
「・・・・・・なぜお前がここにいる・・・」
じろっとルーナルドの険しい目が公爵に向けられる。
・・・・・親しい・・・?
いや、そうでもないのかもしれない。
「ユーフェミア王女殿下を返してもらおうと思ってね?」
「返せ? バカバカしい。そいつは俺の奴隷になった」
「無理矢理奴隷にしたんでしょ。そんなのは認められない。彼女はどうしても必要な人間だ」
「・・・・嫌だと言ったら・・・・?」
「・・・それでも返してもらうよ・・・・・」
二人は睨み合い、無言の攻防が続く。
ルーナルドは言うまでもなく。
クロス公爵もそれに一歩も引けを取らない。
すごい。
あれほど穏やかに笑っているのに、背中から吹き出しているものはルーナルドのそれと同じ。
もしかしたら、公爵もルーナルドと同等の実力者なのかもしれない。
「お前・・・俺に盾突いて無事でいられるとでも?」
「うん、覚悟の上だよ、ルーナルド殿下。 君の怒りを買おうとも彼女は返してもらう」
「・・・・・」
「ってことで、僕もちょくちょくここに寄越させてもらううよ? 君が彼女を解放するまでね」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「勝手にしろ」
長い睨み合いの末、意外にも先に折れたのはルーナルドの方だった。
いやただ面倒くさかっただけかもしれない。
ふいに興味をなくしたと言わんばかりの無表情で、吐き捨てるようにそうつぶやいた。
「はいはい、勝手にしますともぉ」
じゃ、これからよろしくね、ユーフェミア王女様。
そういって、公爵はこちらを振り返り先ほどまでの気迫が嘘のように楽しげに笑う。
「あ・・はい。 よろしくお願いします・・」
こうして奇妙な共同生活は始まりを告げた。