「さようなら」
─────・・・・・・だから、ここでお別れだ、ユフィ・・・。
一言一言。静かに噛みしめるようにゆっくりと告げられた言葉。
「・・・・・・・え・・・・?」
今、なんて・・・?
・・・・ここ、で・・おわかれ・・・?
言葉の意味を理解するのを、心が全力で拒否をする。
なのに、ユーフェミアをまっすぐに見つめる美しい金色の瞳が。
深い慈愛と、ゆるぎない覚悟をひめた射抜くような瞳が。
その意味をユーフェミアに突きつけてくる。
ここでお別れ。
ユーフェミアとルーナルドは、ここでまた道を別れる。
「・・・・・いや・・・。・・・・いやです・・・」
なぜ?
どうして?
ここでお別れ?
一体どうしてそんな話になるのか。
今二人で、今後のことを話し合っていたはずではなかったのか。
なのに、なぜ急にお別れ、などと・・・。
「今後、何が起こるか分からない。 だから君はここにいてくれ・・・」
何があっても、君の身の安全は必ず俺が守り通りして見せるから。
そう続けたルーナルドの口角が、ほんの少しだけあがる。
おそらくユーフェミアを安心させるために、笑おうとしてくれたのだろう。
けれど、少しも笑えてなどいない。
むしろ、その表情は泣いているようにしか見えない。
「いいえ・・・。 いいえ、わたしも共に参ります、連れていってください」
最初からずっと、ユーフェミアの問題であるのに。
なのに、そのユーフェミアだけを安全なところに囲って。
「何が起こるか分からない」と自分で言ったのに。
その予測不能な事態にたった一人で挑もうとしている。
自分の身は一切省みず一番危険なことをまた一人で引き受けて。
泣きそうな顔で「お別れだ」と不器用に笑う。
そんなルーナルドを一人にしては絶対にだめだ。
そしてなによりもう、ユーフェミアこそが彼と離れたくはなかった。
「足手まといにはなりません。 剣も少しは習いました。 身を守るくらいはできます。 だから・・・」
連れていってください。
右手に力を入れて握り返し、必死で言い募る。
困ったことがあったら助けると、確かに約束をしたのに。
なのに、助けてもらっていたのはずっとずっとユーフェミアだけで。
何一つとして彼に返せていない。
「・・・・・・ユフィ・・・・」
「お願いです、ルーナルドさま。 わたしも一緒に参ります。 連れていってください」
お願いです、お願いします、と。
何度も何度も口にする。
ユーフェミアを見つめる金の瞳が苦しそうに揺れた。
そして・・・・。
今までまっすぐにユーフェミアを見つめていた視線がゆっくりとそれていく。
ユーフェミアの右手を握っていた少し体温の低い手も。
あやすように一度ぎゅっと握られた後、ユーフェミアの手を振りほどきゆっくりと離れていく。
だめ・・・。
だめ、だめ、だめ、いや!
「行かないで!」
音もなく立ち上がり離れていくルーナルドの体に、必死で追いすがる。
彼が羽織っている外套を両手で掴み、行かないでと繰り返し願った。
けれど・・・。
「・・・・・・ごめん、ユフィ・・・。 君には見られたくない・・・・だから・・・」
見られたくない?
なにを?
いや、例え何であろうと離れるつもりはない。
絶対に一緒に・・・・そう思った。
なのに・・・。
「・・・・《おやすみ》・・・・」
静かに響いたその声を聞いた瞬間。
意思に反してぐらりと体が傾いた。
・・・睡眠魔法!?
思った瞬間、必死でレジストする。
精神作用の魔法は、本人のレジスト能力で防げる。
防げるはず、なのに。
圧倒的な力の差を前に、強制的に思考が止まる。
否が応にも襲いかかってくる強烈な眠気。
意識を奪おうと覆いかぶさってくる瞼を必死に押し上げれば、ぼやけた視界の中で静かに微笑むルーナルドの姿が見えた。
「・・・・・・ル・・・・ナ・・・ルドさ・・・・ど・・・して・・・・」
「・・・・・・・ユフィ、永久にあ・・・・・・」
ルーナルドが何かを言いかけて。
思い直したように口をつぐんだのが、揺らぐ視界の中でなんとか見えた。
聞かなきゃいけない。
今、あの言葉を。
彼を一人にしてはいけない。
なのに、どうしても体が言うことを聞かない。
ゆっくりと瞼が覆いかぶさってくる。
綺麗に微笑んだままのルーナルドの姿が次第に見えなくなっていく。
・・・・・い・・・かない・・・で・・・。
けれどその言葉はユーフェミアの口から出ることはなく・・・。
抵抗の甲斐虚しく、ユーフェミアの精神は深い眠りへと強制的に誘われた。
ゆっくりと倒れていくユーフェミアの体を、ルーナルドは両腕で抱きとめる。
「・・・・・・すまない、ユフィ・・・・」
君の話を聞かず、君の意思もなにもかも無視して。
こんな強引な手で意識を刈り取るなど、最低だと思う。
君にとっては、屈辱的で、酷い裏切り行為で。
さぞ見損なわれただろう。
今度こそ愛想を尽かされてもおかしくない。
けれど、それでも・・・。
「・・・・君には・・・見られたくないんだ・・・・」
血まみれになって闘う悪鬼のようなおぞましい姿も。
そして血を吐いて徐々に弱って死んでいく、そんな情けない姿も。
側にいてほしい。
離れたくない。
けれど、君にだけは見られたくない。
心が引き裂かれそうだ。
腕の中の小柄な体を力いっぱい抱き込めば。
甘く優しい香りが鼻をくすぐった。
最後の力を振り絞って、その小さな体を抱き上げる。
こんな羽のように軽い彼女の体さえ、もう弱りきったこの体では支えるのが難しい。
「これでお別れだ、ユフィ・・・・」
情けなくふらつきながらたどり着いた寝台に、ユーフェミアを丁寧に寝かせ。
こめかみを流れ落ちる涙をそっと親指で拭ってやる。
こんな風に泣かせるつもりじゃなかったのに・・・。
人でなしのルーナルドは、こんな風に彼女が泣いて別れを拒んでくれたのが本当は嬉しかった。
けれどもう、それもここまでにしないと・・・。
身を切るような思いで離れようとして。
くいっと何かが引っ張られた。
視線を無意識にそちらにむけて。
「・・・・・・・・・・っ」
そうして、呼吸が一瞬とまった。
「・・・・・ユ・・・フィ・・・・」
意識を完全に失っているはずなのに。
ルーナルドがかけた魔法によって、体全てが彼女の意思を無視して脱力しているはずなのに。
なのに、それでも彼女の右手はルーナルドの外套を強く握りしめていた。
絶対に離さない、一人にしない、と。
言葉よりも強く語られている気がした。
「・・・・・君はどこまで・・・・」
こんな自分勝手なルーナルドを救ってくれるのか・・・。
離れたくない、側にいたい、もっと言葉を交わしたい。
けれどどれだけ願っても、それはもう叶わない。
肩の留め具を外し、外套を脱いだ。
そうしてそれを、眠るユーフェミアの傍らに置いた。
ルーナルドがずっと愛用してきた外套。
成人を迎えたときに、父と母に贈ってもらった大事なもの。
自分勝手な願いだとは思うが・・・。
せめて、それだけでもユーフェミアの側に置いてはもらえないだろうか・・・。
もうここにはいられないルーナルドのかわりに、せめて・・・。
「・・・・ユフィ・・・」
最後に愛している、と。
永遠に愛していると、そう伝えたかった。
けれどもう二度と会えないであろうルーナルドが、それを伝えたところでどうなると言うのか。
そんなものルーナルドの自己満足を満たすだけであって、ユーフェミアの人生にとっては重荷にしかならない。
ルーナルドはもう彼女の前に立つことはできないのだから。
でも・・・・。
愛しいと想う強い気持ちはずっとルーナルドを支えてきた。
それは多分初めてユーフェミアにあった時から芽生えて。
消えることなく大きく強く育ちつづけた。
今のルーナルドがあるのは間違いなくユフィ・・・ユーフェミアのおかげ。
だから・・・・。
眠っている今なら口にしても許されるだろうか。
ずっとルーナルドを動かしつづけた激情を。
ルーナルドでさえ呆れるほどの強い強い想いを。
意識のない今なら、伝えても彼女に重くのしかかったりはしないだろうか。
・・・・しないと、思いたい・・・。
「ユフィ・・・。 愛している・・・。 ずっとずっと、大好きだった・・・」
「・・・・さようなら、ユフィ・・・・・」
自話は、アッシュ視点に行きます。
読んでくださりありがとうございました。




