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ユーフェミア10

自分はエトではない。

苦しみを吐き出すようにクロス公爵はかすれた声でそう告げた。

一拍おいて、彼の顔色が真っ青に染まる。

血の気が引く、とはまさにこのことをいうのだろうと思えるくらい。

本当に、一気に顔色を変えた。

今にも倒れてしまいそうな程だった。

ユーフェミアを見つめていた燃えるような熱を込めた瞳が暗く陰り、やがて絶望へと変わる。

彼の視線とともに、差し出されていた花もゆっくりと下がっていった。


彼はユーフェミアを騙そうとした。

はっきりと明言したわけではないけれど。

エトではないのに、自分がエトであると。

ユーフェミアが将来を約束したその人物であるんだと、思考を誘導しようとした。

それは誰が見ても明らかで・・・・。


けれど土壇場で、ユーフェミアを。

そしておそらくルーナルドを裏切れなかった。


・・・・こんな人のいい彼が、そこまでのことをしなければいけないほど追い詰められている。


なりふり構っていられないほどの、よほどの事情があるのだと察することができた。


「求婚は受けられませんが、親しき友人から、ではいけませんでしょうか?」


下へと下がってしまったルアティアの花を、花を落とさないように気をつけて受け取れば。

クロス公爵・・・アッシュが驚いたように顔を上げた。

苦しそうな、泣きそうな顔でまじまじとユーフェミアの顔を見つめてくる。


「何か事情がおありなのでしょう? よかったらお話いただけませんか、アッシュさま?」


話してほしい。

そういえることが嬉しいと思えた。

先ほどは、どうしても言えなかったから。

仮初の関係ではもうないと思えるから。

例え、騙されかけたとしても。

それだけが全てじゃない。

ここに来てから二ヶ月余り。

毎日ユーフェミアを支えてくれたのは他ならぬアッシュだ。

明るく穏やかな彼の存在にどれほど助けられたかわからない。

例えどのような思惑が彼にあったとしても、ユーフェミアが彼から受けた恩は変わらない。


あなたのことを信用しています。

そう意思表示するために、爵位ではなく愛称でもう一度呼びかける。

アルフェメラスでは男女間の愛称呼びは、強い信頼関係があることを意味する。

こちらの国でどうなのかは知らないが、そう大きく外れた意味ではないはずだ。


ユーフェミアの言葉にアッシュは大きく目を見開いて。

そしてまた泣きそうな顔で深々と頭を下げた。






寝室で一人佇むユーフェミアの視線の先には、落ちたルアティアの花が二つ。

一つは今朝ユーフェミアが摘んで、アッシュから受け取った花だ。

まだ花が落ちる時ではないはずで。

少なくともあと一日は持つはずだった。

なのに、落ちた。

首が落ちるようだと言われ、不吉とされるその花が。


常時であればさほど気にならないそんな些細なことが、今は強烈な不安と恐怖を呼び起こす。


・・・・・アッシュさまはあれからどうしたでしょうか・・・。


今朝方、懺悔するようにアッシュが語った事実は、ユーフェミアに少なからずの衝撃をもたらした。

まさか自国の王女が、300年もの間ずっとクロス一族を呪い殺しているとは。

そしてその呪いを解けるのが現状ユーフェミアただ一人だったとは。

にわかには信じられない話だった。

けれど、アッシュがあの場面で嘘を言うわけがない。


そして、アッシュの話を聞いて今までの彼の行動理由に納得がいった。

彼は愛する妹と弟を助けるために、ユーフェミアとどうしても親しくなる必要があった。


つい先日、アッシュが自身の妹弟の話をするのを見た。

二人の話をするときの彼は、本当に幸せそうで。

二人とも手がかかるんだと、口では言いつつも。

かわいくてしょうがないと態度にも表情にもありありとでていた。

そんな二人のために、彼はなりふり構っていられなかった。

大事な人の命を、ずっとたった一人で背負っていたのだ。

辛かっただろし、さぞ苦しかっただろう。

そして、なにより必死だったのだろう。

そんな彼を責めることなんて、できるはずがない。


字が顕現し、昏睡状態に陥ったという彼の妹、弟は無事に回復したのだろうか?

ユーフェミアの≪許し≫が得られば解呪できるはずだと言っていたけれど。

ちゃんと呪いは解けただろうか?


・・・・・そして、エト・・・ルーナルドは無事だろうか?


二日前、ユーフェミアの前で大量に血を吐いて倒れてから、彼は姿を見せていない。

アッシュは「持ち直した」とはいっていたけれど、詳細を教えてはくれなかった。

そもそも「持ち直した」という言葉は、相当な命の危険があったときに使われる言葉ではないのだろうか?

であるならば、ルーナルドは・・・・。


考えた瞬間、背筋が冷たくなった。


彼が肺を患っているらしいことは分かっていたのに。

時折良くない咳をしていることに、気がついていたのに。

なのに、それほど病状が悪いとは思ってもいなかった。


・・・・・・考えが甘かったのだ・・・。


時間などいくらでもあると思っていた。

結局守られるだけで何も行動を起こさなかった。

彼が話してくるまで待つ、信じている、なんて耳障りのいい言い訳だ。


「エト・・・・どうか無事で・・・」


今もそっと左胸に手を当てれば、誓約魔法の確かなつながりを感じる。

この魔法は、主人である彼が自ら繋がりを破棄するか、死なない限り消えることはない。

つまりこうして繋がりを感じられる間は、彼の無事を確認することができる。


どうか無事でいてほしい。


ルーナルドも、アッシュも、アッシュの妹や弟も。

みんなが無事で、いい方向に向かっていけばいい。


大きく取られた窓から月明かりが差し込むその中で、ユーフェミアはそっと両膝を折った。

両手を組み合わせ、瞳を閉じる。


「・・・・どうか、ルーナルドさまが無事でありますように。

 そして、アッシュ様の妹君、弟君がどうか回復しますように。

 ・・・・ルミナスさま、どうかお願いいたします」


何度目になるかわからない祈りを口にする。

ここから出ることが叶わないユーフェミアにはこうやって祈りを捧げることぐらいしかできない。


何度も何度も祈りを捧げる。


と、その時。


ふいに、左胸がじんわりと温かみを帯びた。

正確に言えば、左胸に刻まれた誓約魔法の印が。


はっとして後ろを振り返る。

今まさに部屋からでていこうとする人影が見えた。

いつもとは違い、黒いズボンに白いシャツ。その上に外套を羽織っただけ。

けれど、見間違うわけがなかった。


「・・・・・ルーナルドさま・・・?」


呼びかければ、足を止めゆっくりと振り返ってくれる。

濡れたような美しい黄金の瞳と目が合った瞬間、ユーフェミアは彼・・。

ルーナルドに向かって一直線に走り出していた。






花が落ちた時間は、アッシュが倒れた時間、ですね。


読んでくださりありがとうございました。


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