ユーフェミア7
「うぅん・・・。 もう少し、質力を押さえて・・・。・・・うん、いやそれでは押さえすぎかな・・」
的確なクロス公爵の指導のもとユーフェミアは手の平に魔力を集中させる。
クロス公爵に魔法を教わるようになってすでに今日で3日。
結構な時間を割いてもらっているのにも関わらず、いっこうに成功する兆しがない。
術式を組むことまではできる。
けれど、どれほど練習しても発動までには至らない。
先日クロス公爵が片手間で発動してみせてくれたあの魔法は、ユーフェミアが感じた通り魔力自体はそう使わない。
けれど、途方もないほど微細な魔力調整を、持続して行う必要がある。
少しでも調整が効いていないと発動しないし、運よく発動できたとしても色鮮やかさにかける。
数多くのオリジナル魔法を見てきたユーフェミアの目から見ても難易度は最高クラス。
これほどの魔法術式を即席で組み立てれることにも驚きだが、眉一つ動かさずにそれを維持してみせたことがさらに驚きだった。
魔法大国として知られるアルフェメラスでも、ここまで緻密な魔力操作ができる人はそういない。
本当に、クロス公爵の能力の高さに感服するばかりだ。
なのに、これほどの巧技をこともなげに成し遂げておいて、本人は全くその凄さを自覚しておらず。
ユーフェミアがいくら称賛を送っても、社交辞令としてのお世辞程度としか受け取っていない。
ルーナルド殿下に比べれば赤子みたいなものだよ、と笑って流される。
最初は自国の第二王子に気を使い、謙遜しているのかと思った。
けれどそうではないことにすぐに気がついた。
驚いたことに彼は本気で、自分など凡人だと思っている。
これほどずば抜けて高い能力を誇るクロス公爵をもって赤子であり、凡人と言わしめる第二王子。
いったい彼はどれほどの力を持っているのか。
確かに自国にいるとき、ハイエィシア軍の総大将であった第二王子ルーナルドの話はよく耳にした。
剣の腕も魔法力も飛び抜けて高く、近距離にも遠距離にも隙がない。
とても人とは思えない鬼神のごとき強さだ、と。
しかも個々人としての高い戦闘能力だけに留まらず、指揮官としても非常に優秀で。
多彩な戦法と戦術で、幾度も勝ちを確信した戦をひっくり返された。
万の兵より第二王子一人の方がよほど恐ろしい、と。
その第二王子ルーナルドは、ある時を境にパッタリと戦場に現れなくなった。
死亡説や陰謀説などいろいろ憶測をよんだけれど。
結局のところ彼が何故戦場から離れたのか未だに分かっていない。
けれどもしあのまま彼が総指揮官として軍を率いていたなら。
アルフェメラスは間違いなく、かつてないほどの甚大な被害をうけていた。
それこそ、立て直しなどきかないほどに。
和平が実現するところまで話が来たのは、彼が軍を去ってくれたおかげだとも言えた。
第二王子ルーナルド。
全く表情の動かない彼の気持ちがまるでわからない。
何がしたいのか、何が目的なのか。
ユーフェミアにいったいどうしてほしいのか。
いつ見ても氷のように冷たい表情で、そこに座っているだけ。
何もしゃべらず、ユーフェミアに関する一切の事に興味を示さない。
その彼が。
あの一瞬だけは違った。
ユーフェミアがクロス公爵にハンカチを贈ったあの時。
あの時だけは表情を変えた。
泣きそうな程、苦しそうな顔をみせた。
なぜ彼があんな顔を見せたのか。
それがどうしても分からない。
そして分からないことがどうしようもない程、もどかしい。
「!! ちょっと、まって、王女様ストップ!!」
あの時からずっと。
彼の泣いているような背中が頭から離れない。
心が悲鳴を上げているように思えて、いてもたっていられない。
『・・・・・僕のこと忘れないで・・・・』
なぜだか、震える声でそう言った大事な友人の姿が脳裏に浮かんだ。
・・・・・忘れていません、エト。
わたしは、いつだって二人でしたあの約束が実現することを夢見て・・・・。
「中止だ!! 王女さま、今すぐ魔力を止めて!!」
最後に二人でみたのは、夢の国かと思えるほど美しい花畑。
いつかもう一度二人で見れたらと何度願ったことだろう。
赤、黄、白、青。
この世の全ての色を集めたかのような美しい景色。
あれをもう一度見てみたい。
魔力をさらに込めると、ユーフェミアの足元がぐにゃりと歪んで小さな花々が映し出された。
「これ以上はだめだと言っている!! ユーフェミア王女!!」
違う、こんなものじゃない。
全然足らない。
もっと美しくて、もっと素晴らしい景色だった。
もっと魔力を。
もっともっと込めないと!
あの、夢の、ような・・・景色を・・・もう、いち、ど・・・・。
瞬間。
ユーフェミアを中心にした景色がパッと輝いて。
周囲一面見渡す限りを、色鮮やかな花が覆い尽くした。
けれど・・・。
「ユーフェミア王女!!!」
ガクンと急に体の力が抜けと同時に、ユーフェミアが作り出した夢の国はあっという間に断ち消えた。
自分の体一つ支えることもできず、両膝が折れ、前のめりに倒れ込む。
ああ、魔力切れ・・・・。
そういえば、幾度もクロス公爵から制止の声がかかっていたように思う。
考え事に夢中になりすぎて気付かず、続行したのは全てユーフェミアの過失だ。
それほど魔力を使うものではなかったのに。
元々の魔力量が極端に少ないユーフェミアにはそれでも足りなかった。
こんなに簡単に魔力切れを起こして倒れてしまう程、ユーフェミアの魔力は少ない。
徐々に視界が黒く塗り潰されていく。
頭が割れるように痛い。
心臓が壊れたようにありえないほど大きな音を立てている。
体温が急激に下がり、聴覚もゆっくりとその動きを止めて・・・・。
「ユーフェミア!!!」
活動を終えかけていた耳に、一直線に届く声。
クロス公爵の声じゃない。
あれは・・・・。
顔を上げれば狭まった視界の中、必死の形相でこちらにかけてくる人の姿が見えた。
全身上から下まで真っ黒な衣服を身につけた、誰か。
ユーフェミアを受け止めようとするかのように、右手を差し出して、凄いスピードで翔けて来てくれる。
『ユフィ!!!』
注意力が散漫だったユーフェミアが躓いてこける度に、必死で翔けて来てくれた人がいた。
名前を呼んで。
届く距離ではないと知りながらそれでもいつも必死で右手を差し出してくれた。
あの走り方。
あの名前の呼び方。
あの手。
・・・・知ってる。
思った瞬間、右手をあげて必死でこちらに翔けてきてくれた小さなエトの姿と。
血相を変えてこちらに走って来てくれる彼の姿が。
はっきりと重なった。
「・・・・・エト・・・・」
そう呟いたのを最後に。
ユーフェミアのその場に崩れ落ちた。
誰かが、倒れたユーフェミアの体を優しく抱き起こしてくれる。
冷えきったユーフェミアの体に体温を分け与えるかのように、ぎゅっと強く抱きしめられたのを感じた。
目が開かない。
大丈夫だと、そう伝えたいのに言葉がでない。
「お前がついていながら何をやっている!!!」
「・・・・・・・っ! ・・・・・ごめん、ルーナ・・・僕の失態だ・・・」
そんな二人のやり取りを。
膜が張ったような耳がなんとか聞き取ったのを最後に。
ユーフェミアの意識は今度こそ暗いところに落ちていった。
この時のアッシュとルーナの視点もいつか入れたいと思います。
読んでくださりありがとうございました。




