ユーフェミア5
パチンと音を立てて、刺繍糸を断ち切る。
持っていた針を針山に返し、出来上がったそれの出来栄えをあらゆる角度から確認した。
糸がよれていないか、無駄な糸が残っていないか。配色はおかしくないか。
何度も確認したが、不具合はなさそうだ。
それなりに見栄えよく出来たのではないかと、ユーフェミアはホッと安堵の息を吐いた。
あまり手先が器用な方ではないユーフェミアでも、こうやって簡単な図案なら見苦しくない程度には刺せるようになるのだから、教育とは大事だと思う。
ユーフェミアの国では、礼品として自ら刺繍を施したハンカチを贈る習わしがある。
クロス公爵には随分と無理をいい、色々なものを持ってきてもらったし、毎日付き合わせてしまっている。
これほど世話になっているのだ。
なにもしないわけにはいかない。
公爵は、いつも家紋が刺繍された綺麗なハンカチを使っているし、それこそハンカチなど山のようにあって。
所詮素人のユーフェミアが刺したような、こんな不格好なハンカチなどいらないだろうけれど。
だからといって、感謝の気持ちを伝えなくていいわけではない。
あのクロス公爵であれば、例え内心でいらないと思っていたとしても、表面上は快く受け取ってくれるだろう。
それをどう使うかは彼の自由だし、例え捨てられようと礼を伝えられればユーフェミアに不服はない。
要は、感謝の気持ちさえ表せればそれでいいのだ。
ありがたいことに立派な刺繍箱がおいてあったし、無地のハンカチも何枚も引き出しに入っていた。
一応ルーナルドに使ってもいいか確認したけれど、もちろん視線もあわず言葉は返ってこなかった。
けれど、本当に少しだけ頷くように顎が引かれたような気もする。
それを勝手に了承だと解釈し、刺繍を刺しはじめた。
そうして今、やっとそれが出来上がったところだ。
刺したのは、白いハンカチの四隅に小さな小花を散らしたもの。
クロス公爵はいつも淡い色の服を着ているから、それに合うように鮮やかな色をいくつも使って花を散らした。
完璧、とまではいかないけれど、これならば人に贈ったとしても失礼にはならないだろう。
そして・・・・。
机の上には、もう一枚のハンカチ。
こちらは黒いハンカチの一角に少し大きめに刺繍を施した。
葉の形が特徴的だからその花自体を知っているなら、何の花が刺してあるのかすぐにわかるはず。
ユーフェミアは顔を上げた。
今も窓際におかれた花瓶には、白い花が一本生けてある。
五枚の花弁、黄色花柱。特徴的な形の葉。
ルアティアの花だ。
とても美しい花だが、手折ると二日ともたない。
それも徐々に枯れていくのではなく、花ごとボトリと落ちる。
その様が、首が落ちる様を連想させ一般的にはあまり縁起のいい花とは言えない。
礼品の刺繍に使うには余り向かない花といえる。
けれど、ユーフェミアはこの花に強い思い入れがあった。
昔「夜怖くて寝れない」と言って泣いていたユーフェミアに、この花を差し出してくれた人がいた。
この花には安眠効果があるから、と。
長く伸びた珍しい銀髪に隠されて、表情なんて一つも見えなかったけれど。
少しだけ見える耳を真っ赤に染めながら。
「これを部屋に飾ればユフィもきっと眠れるから」と。
そういって、ユーフェミアに花を贈ってくれた。
次の日もその次の日も。
花がすぐに落ちたと言っては、泣いたユーフェミアのために。
毎日毎日新しい花をつんできてくれた。
今思うと、あの屋敷の周りにはルアティアの花なんて咲いていなかったはずなのに。
一体、彼は毎日どこまで花を取りに行ってくれていたのだろう。
雨の日だってあった。すごく風の強い日だってあったはずで。
物凄く大変だっただろうに、そんなことは一切口に出さず花を贈ってくれた。
─────・・・あの時から、ルアティアの花はユーフェミアにとって特別な花。
今も窓際に置かれた花瓶にはルアティアの花が飾られている。
ここに来てからもう相当な日数がたったが。
ユーフェミアは一度として花を生け変えたことはない。
手折ってから、二日と持たないはずの花が。
ユーフェミアが生け変えてもいないのに、今も綺麗に咲いている。
花からは優しい香りが時折届く。
保存の魔法をかけられたものは時を止めるため、香りなどはしない。
つまり、誰かが毎日花を生け変えてくれている。
誰が・・・・・?
この屋敷でみたのはたった二人だけ。
第二王子ルーナルドと、クロス公爵。
けれど、クロス公爵はほぼユーフェミアと共に過ごしている。
花を生け変える時間などないはず。
であれば・・・・。
『この花を飾ればきっと。怖いのもなくなって眠れるようになるよ、ユフィ』
そういってくれた大事な人、エト。
ユーフェミアに始めて出来た、上辺だけじゃない、本当の意味での友人だった。
国に帰って身辺が落ち着いてから、何度もエトと連絡をとろうとした。
お世話になったブランフランの屋敷にも、直接訪れて何度も老夫婦に願い出た。
けれど、彼らはエトにまつわる全てのことに口を噤んだ。
何度頼んでも、がんとして語ろうとはしてくれなかった。
ただ、「もし再び出会えたなら、今のその気持ちを忘れずどうか仲良くやってほしい」と。
そう祈るように告げてくれただけだった。
エト・・・・・。
最近あの頃の夢をよく見る。
「ご飯が食べれない」といっては泣いたユーフェミアに。
「じゃあこれなら食べれるだろう」といって木苺をつんできてくれた。
ユーフェミアが一粒づつ食べるのをそわそわしながら気にしていたエト。
前をよく見ずに走り出して。
案の定蹴つまずいて転んでは、また泣いたユーフェミアを。
オロオロしながらも一生懸命手当してくれようとしたエト。
銀髪の下に隠された彼の瞳は、一体どんな色をしていたのだろう。
彼はいつもどんな表情でユーフェミアと接してくれていたのだろう。
わからない。
・・・・もう今となっては確かめようもないのだけれど・・・・。
けれど最近、あの小さなエトの姿がルーナルドと重なって見える時がある。
表情がまるで動かない。
ほとんど喋らない。
ユーフェミアにまるで興味のない様子のルーナルドが。
いつも側にいてユーフェミアを気遣かってくれたあのエトと。
なぜだかふとしたときに重なって見えるときがあるのだ。
それは、動揺したときにほんの少し右肩が上がるところ、とか。
立ち上がる時や、歩き出すときの予備動作、だとか。
本のページをめくるときの指の使い方、だとか。
本当に小さなことが。
エトと重なって見える。
どうして・・・・。
髪の色も、雰囲気も、話し方も、まるで違う。
なのに、そう見える。
もし彼がエトであったなら。
自分はどうするのだろう・・・。
分からない。
けれどきっと・・・・・。
浮かんできた答えを、ユーフェミアは首を振って頭の外に追いやった。
確証があるわけじゃない。
こんなことを今一人で考えていても意味がない。
もう寝よう。
夜遅くまで起きているから、こんな考えても答えのないことを延々と考えてしまうのだ。
そう一人心を納得させて。
出来上がったばかりのハンカチをそっと引き出しの中にしまい混み。
自身もベットの中に入り込み目を閉じた。
幸い心地好い睡魔はすぐに訪れてくれて。
ユーフェミアを夢の国へと連れていってくれた。
自話は、ハンカチを渡すところからになります。
無事に渡せられるとよいのですが・・・。
読んでくださりいつもありがとうございます。
またよければ、除きに来てください。




