ユーフェミア4
上を見ても下を見ても、見えるのはキラキラと輝く星空。
間違いなく室内にいるはずなのに。
ユーフェミアが今までみたどの星空よりも美しく見えた。
この景色をたった一人の人が、しかも即席で作ったなんて。
この目で見ても信じられない。
すごいすごいすごい。
いったいどうやって?
水系統の魔法で水蒸気を集め映像を?
それとも、光魔法で光を屈折させて?
とにかくこんな魔法は見たことがない。
どうしてもやり方を知りたい。
「どうやったのですか、今の魔法!! ぜひわたしにも教えてください、公爵さま!!」
今のユーフェミアにはクロス公爵ほどの魔力はないけれど。
そんなに魔力を使った様子もない。
ならユーフェミアにもできるかもしれない。
どうしてもやってみたい!
「お願いします、公爵さま!!」
けれどオリジナルの魔法ならば、その術式をそう簡単に教えてもらえるとは思えない。
なんとか、ユーフェミアが今差し出せるもので、ご教授願えないだろうか?
とにかく熱意だけでも伝えなければ。
「とても素晴らしい魔法です、公爵さま。主元素は水ですか、それとも光ですか。術式はどのように?
お願いします、できることは何でもいたします。わたしにも教えてはいただけませんか。 は!? もしかしてそれ以外にもなにか変わった魔法をご存知ですか? でしたら是非是非教えてください」
ほとんど息継ぎをすることなく、一気にまくし立てたユーフェミアは。
「・・・・おい」
背筋がひやっとするような低い声に、はっと我に返った。
今の声は、第二王子ルーナルドの声?
認識すると同時に頭が冷静さを取り戻し。
さっと一気に顔から血の気が引いた。
なぜか今、ユーフェミアの体の下にはクロス公爵がいる。
状況から見ても、ユーフェミアがクロス公爵をソファの上に押し倒したことは明白。
なにより・・・。
ユーフェミアの尋常じゃない様子に危機感を覚えたのだろう。
笑顔で身を引いたクロス公爵を逃がすまいと、胸倉を掴んで押し倒した。
その記憶が・・・。
残念ながらユーフェミアには確かに・・・・ある。
言い逃れなどできるわけもない。
恐る恐る視線を下に向ければ。
ひどく困ったような顔をしたクロス公爵が、わずかに頬を染めながらユーフェミアからゆっくりと視線をそらした。
「あ~。 王女さま? 悪いけど、どいてはもらえないかな?」
「!! ひぇ、も、もうしわけありま・・・・・いたっ!!」
慌てて体を引いた途端、ごつっと鈍い音がして頭に衝撃を受ける。
体制を崩して後ろに倒れ、ソファの肘かけで頭をうったのだと理解したと同時に。
あれ、と疑問が湧いた。
その割にはあまり痛くない。
結構な音がしたはずなのに。
どうして、と思ったユーフェミアの視界に艶のある漆黒がひらりと揺れた。
「・・・・・ばかが、危ないだろう」
すぐ近くで低い声がして。
ルーナルドの左手がユーフェミアの頭と肘かけの間に差し込まれているのがちらりと見えた。
ルーナルドがかばってくれた・・・?
では、あの鈍い音はルーナルドの左手が肘かけにぶつかった音?
結構な音がした。
それなりの痛みがあったはず。
「あの・・・・」
「ぷはっ!」
お礼を。
そう思い言いかけた言葉は。
堪えきれなかったというような笑い声がきこえ、思わずそちらに顔を向けたことで消えた。
「淑・・・淑女が・・・。・・・ぷは・・いつも凛としてる王女さまが・・・っふふ・・。
まさか目をぎらぎらさせて、押し・・くく・・・押し倒してくるなんて・・・・」
くははは、と。
身を起こしたクロス公爵が、ソファの上でお腹を抱えて笑っている。
いつも穏やかで朗らかな彼だが、声を上げてこんなに楽しそうに笑っているところは始めてみた。
なんだか、笑うと目元にしわがくしゃりと寄っていつもより幼く見える。
「いいよ、そんなに知りたいなら教えてあげる。他でもない我が愛しき王女さまの頼みだしね」
くふふとまだ楽しそうに笑いながら、クロス公爵はいう。
あんな粗相をしたのに、ユーフェミアを窘めることもせず不快さを示すわけでもなく。
本当に楽しそうに笑っている。
そのことにホッと安堵の気を吐き出したユーフェミアは。
改めて、クロス公爵に心から謝罪をし。
いつの間にかいつもの席にもどって、素知らぬ顔で本を読んでいるルーナルドにも深々と頭を下げた。
そして・・・・。
あれっと内心首を傾げた。
・・・・・・右肩だけ、少し上がってる・・・・。
もうちらりともこちらを見ようとしないルーナルドの。
謝罪をしても軽く頷いただけで、ほぼ無視だった彼の。
・・・・右肩だけが、少しだけ上がっている。
それは気をつけてよく見なければ分からないような変化だったけれど。
凄まじい既視感が頭をよぎる。
と同時に胸がドクドクと高鳴った。
かつてこんな風に、何かある度に分かりにくく動揺を示す人物がいた。
その人物は出会ったその瞬間からずっと、ユーフェミアの中では特別で、大事な人で・・・。
「王女さま? やらないの?」
まだおかしそうに喉奥をならしながら、クロス公爵が優しく声をかけてくれる。
振り返れば公爵が外へと続く扉の前で、本当に穏やかな顔つきで待ってくれている。
狭い室内よりも外の方が教えやすいと、そう思ったのだろう。
失態をおかしたユーフェミアが気にしないように、何気ない調子で声をかけてくれているのだとわかる。
本当に何もかもスマートな人だ。
「あ、はい、ぜひよろしくお願いいたします」
こちらに少しも興味を示さないルーナルドに、もう一度深く頭を下げて。
ユーフェミアはクロス公爵の元へとかけよった。
「・・・・簡単に・・・他の男に触れたりしないでくれ・・・気が狂いそうだ・・・・」
二人がいなくなった室内で。
ボソリと寂しそうに呟かれた声は。
しかしユーフェミアの耳に届くことはなかった。
徐々にユフィとアッシュの距離が縮まってきています。
内心だいぶルーナはやきもちをやいています。
読んでくださりありがとうございました。




