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ユーフェミア3

彼の。

いや、彼らの目的が何一つとして分からない。


最初は確かに第二王子を窘めるような発言をしていたクロス公爵だけれど。

時間が経つに連れ、色々と見えてくるものがある。

確かに彼らはユーフェミアの前では必要以上に話をしない。

が、ユーフェミアの目から見た彼らの関係性は、悪いものには見えない。

視線や、仕種、ふとしたときの声のかけ方。

ルーナルドの方は相変わらず表情が動かずほとんど喋らないので分かりにくいが、クロス公爵の方はたまにちらりとぼろが出る。

ぼろといっても、タヌキ達の間で人の心の機微を必死で探ってきたユーフェミアだからこそわかる程度の、小さな変化だけれど。

二人の関係は第二王子と筆頭公爵。

そんな枠には当てはまらず、もっとお互いを信頼し気遣うような、随分と親しい間柄に見える。


であれば最初から計画して、二人してユーフェミアをさらったと考えるべきだ。


一体何のために?


ルーナルドの事はよくわからない。

自国ではよくない噂も聞いたし、初見は随分と怖い人だと思った。

けれど、ここに来てからはほとんどなにも干渉して来ない。

だから、その人間性が本当のところはどうなのかを判断する材料がない。


けれど、クロス公爵は?


彼は、悪い人ではない。

何か目的はあるようで、なにかにつけて甘い言葉を囁いてくるけれど。

それでもその人柄は穏やかで真面目で、実直だ。

ずっと一緒に過ごして来たのだから、それくらいはわかる。


ではなぜ?

そんな彼らが和平協定目前に。

その和平を結ぶ国の王女を攫うなどという行動にでたのか・・・?

それが分からない。


敵国の王女であるユーフェミアを攫い、逃げられないように、けれどある程度の自由が利くように屋敷をとんでもない広さの結界で囲い。

毒とも言えない何かを飲まし続け。

一方で体に気を使った手の込んだ食事を提供してくれる。

そこに一体どんな理由があるのか。


先ほど昼食にとだされた食事にも、自国の料理が入っていた。

あの料理に使う調味料はこの国では流通していない。

手に入ったとしても、それなりの労力を伴ったはず。

いつも無表情でそこに座っているだけで、ユーフェミアに目もくれない、全く興味を示さない第二王子が。

そこまでの手間隙をかけてあの料理を出してくれる意図がわからない。


・・・・・・もしかして料理が趣味・・・とかでしょうか・・・?


自国の人間では恥ずかしいから、他国に人間を連れてきて腕試しをしている、とか?


・・・・いえ、流石にそれはないでしょう。


それならば、他にやり用はいくらでもある。

こんなやり方はあまりに非効率的だ。

なにより、最初に「王女ユーフェミアだな」と確認されたのだから、対象はユーフェミアでなければいけなかったはずだ。

それに彼の目的は最初から言っていたように、食事を食べさせることではなく、あの毒を飲ませること。


・・・・・・・・毒・・・・。


結局そこに行きつく。

自分が調合した毒薬の実験体に、と彼は言っていたけれど。

最初の数日を越して以来あれを飲んでも体調が悪くなることはない。

むしろあれを飲むほどに体が軽くなり、頭も冴えてくる。

こうなってみて始めて、自分が今までいかに不調だったのかに気づかされたほどだ。

自国ではあれほどの人間に囲まれていたのに。

周りには常に信用できる誰かがいて。

なのにどんな近しい人間にも、そしてユーフェミア自身でも気付かないほど、本当に少しづつ。

けれど確かに体は変調をきたしていた。


毎日飲んでいるあれが毒ではないのなら。


・・・・・・いえ、状況から考えればあれはもう毒ではないでしょう。


であれば、あれは・・・・・。


「・・・・・・・何か考え事?」


穏やかな声に、ユーフェミアははっと我に返った。

顔を上げれば、クロス公爵が心配そうな顔でユーフェミアの顔を覗き込んでいる。

しまった、今は三人それぞれの場所で本を読んでいたのだった。

考え事に夢中になりすぎて、周りが見えていなかった。

先程までは不自然にならないように、定期的に膝に置いた本のページをめくっていたのだけれど。

それも忘れるほど考え込んでいた。


「い、いえ、なんでもありません」


慌てたため、膝においてあっただけの本が滑り落ち、床に当たってコトリと音を立てる。

借り物の本を床に落とすなど、失礼もいいところだ。

身を屈めて、本をとろうとしたユーフェミアより早く。

クロス公爵がすかさず屈んでその本をとろうとしてくれる。

本を落としたのもユーフェミアだし、一番近くにいるのもユーフェミアなのに。

本当に彼はとっさにこういう行動が取れるほど、どこまでも優しく紳士なのだ。


「いえ、公爵さま。自分で拾えますので」


「大丈夫。君は座ったままで、王女さま」


そうしてクロス公爵はユーフェミアを優しく制したあと、自ら屈んで本を取り、ユーフェミアへと差し出してくれる。


「あれ、これ、とても綺麗な絵だね?」


クロス公爵が言っているのは、本の表紙に描かれた美しい風景画のことだろう。

ユーフェミアもその絵がとても気に入ってその本を手にとったのだ。

中にもたくさんの挿絵があって、それがとても綺麗だった。

そのことをクロス公爵に伝えると彼は「へぇ」と興味深そうに目を細めて。

パラパラと本をめくりはじめた。


「本当だ、綺麗な絵がたくさん書いてあるね」


彼はそういって目を細めて笑って。


そのあと・・・・。


「うぅん・・・。 こんな感じかな・・・・?」


クロス公爵が軽く右手を振った。

瞬間、部屋の様子ががらりと変わった。

壁、床、天井に至るまで。

本にかかれていた美しい風景が、部屋一面に映し出された。

まるで本当にそこにいるかのように色鮮やかで本当に美しい。

風景は数秒ごとに切り替わる。

綺麗な月夜を背景にした古城。

上から下へ、数十メートルの落差で落ちる雄大な滝。

真っ白い雪を抱いた山々。

荒れ狂う海に、地平線にまでずっと広がる花畑。

他にもたくさん。


ユーフェミアが見たことがない、けれどいつかこの目で見たいとずっと夢見てきた世界各地の美しい景色。

それが部屋一面に映し出されていた。


「・・・・・・すごい・・・・」


これはきっとクロス公爵の魔法なのだろう。

けれど魔法好きのユーフェミアでも、こんな美しく素敵な魔法は今まで見たことがない。

先程の言動から彼がもともと使っていた魔法とも考えにくい。

つまり彼は、たった今感覚だけで術式を組み立て、これほど正確に見事に発動させた。

彼は実に簡単そうにやってのけたが。

それがいかに常識はずれで、凄まじい偉業なのかユーフェミアにはわかる。

天才とは彼のためにあるような言葉だ。


フツフツと心の奥底から沸き上がる感情。


知らない魔法。

それだけでも魔法好きのユーフェミアにしてみれば興味深いのに。

こんな素敵な魔法を見せられれば、我慢などできようはずもない。


心がウキウキ、ワクワクする。

知りたい、やりたい、今の魔法!


「どうやったのですか、今の魔法!! ぜひわたしにも教えてください、公爵さま!!」


そうしてユーフェミアは、いついかなるときも皆の手本として、淑女であれ、と教えられてきたにも関わらず。

一切その教えを忘れて、クロス公爵を押し倒す、という暴挙にでてしまうのだった。







長くなったので、ここで切ります。

皆様覚えていないかもしれませんが。

ルーナが以前言っていたユフィがアッシュを押し倒した、の場面です。


読んでくださり、ありがとうございました。

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