ユーフェミア2
ここでの生活はほぼクロス公爵と共に過ごした。
出会い頭にユーフェミアに甘い言葉を囁いてきた彼だが。
とてもユーフェミアに好意を持っているようには思えなかった。
女性の扱いに慣れているのか、いつもとても丁寧で親切だったけれど。
普通の女性であれば、舞い上がってしまうような甘い言葉をかけてくれるけれど。
ユーフェミアは、笑顔で人をおとしめるようなタヌキ達の間でずっと立ち回ってきたのだ。
隠れた人の心の奥まで見破るのは得意だった。
いつも穏やかに笑うクロス公爵のその目の奥の奥が、冷えきっている。
女性というものが苦手なのか。
それともたいして興味を持っていないのか。
うまく隠してはいるが、ユーフェミアをみる目に好意なんてものは欠片もなく。
常に冷静にユーフェミアの行動を観察しているように思えた。
ユーフェミアを騙している。
そう捉えられるような状況だったが、かといってクロス公爵はどう見ても悪い人物には思えなかった。
彼の言動、仕種、どれをとっても人のよさが伺える。
一番よく彼の人柄を現していたのが、視線、だと思う。
それも、ユーフェミアをみる視線じゃない。
本当に時々、彼はユーフェミアに気付かれないようにちらっとルーナルドを見るときがある。
本当にほんの一瞬だけれど。
心配そうな気遣わし気な、愛情を多分に含んだ目をする。
どうして彼がそんな目で第二王子を見るのかまではわからなかったけれど。
あんな優しい目をする人が悪人であるとは到底思えなかった。
目的があるんだ、と彼は最初に言っていたけれど。
好きでもないユーフェミアにいきなり愛を囁いてきたのは、それに関係があるのかもしれない。
クロス公爵と一緒に過ごしていると、彼の身体能力の高さと、ずば抜けた頭の良さに何度も驚かされた。
一度説明すれば大抵のことは覚えてしまうし、すんなりと出来てしまう。
今まで絶対にしたことがない畑仕事を、ユーフェミアを気遣って一緒になってしようとしてくれたことにも驚いたが。
今まで握ったこともない鍬を器用に使って、見事な畝を短時間にいくつも完成させた時は本当に驚いた。
この人は間違いなく天才の部類に入る人だと思った。
そんなクロス公爵の視線に。
ユーフェミアを見つめる目に。
いつからか嫌悪感が見え隠れするようになった。
フルージエの栽培を始めた頃は、ユーフェミアに対する不信感がたまにちらちらと顔を出していた。
確かに手に入りにくいフルージエの種を持ってこい、だの、衣服を用意しろだの、余りに常識はずれな行動をした自覚はある。
でも、いい機会だと思ったのだ。
フルージエの栽培は本当に難しい。
けれどユーフェミアは長い研究の末、昨年ようやく効率のいい栽培方法を見つけた。
ハイエィシアも戦争続きで疲弊しているはず。
アルフェメラスと同じように、痛みで夜も寝れずに苦しんでいる人は山のようにいるはずなのだ。
そこに、自国も他国も関係などない。
偽善と言われるかもしれないが、薬で助かる人がいるのなら手をさしのべたかった。
けれど言葉で伝えたところで、広く伝わっている栽培方法とはあまりに違うそのやり方がクロス公爵に信じてもらえるとは思えなかった。
だから、我が儘を言ってフルージエの種を用意してもらった。
実際にやって見せれば、きっとこのクロス公爵なら全ての行程をあっという間に習得できる。
そして成果を見せれば、柔軟な考えのもとハイエィシアにも栽培方法を広めてくれるはずだと思えた。
栽培方法について、クロス公爵は一度もユーフェミアの行動を非難しなかった。
貴重なフルージエの種がぞんざいに扱われているのを見て、不快な思いもしただろうに。
何も言わず、いつもと同じように穏やかに笑ってユーフェミアの指示にしたがってくれた。
けれどやはり行程が進むうちに、クロス公爵の口数が少なくなっていく。
相変わらず笑顔のままだけれど、時々ものいいたげな顔をする。
冷えた瞳の奥に不信感ではなく嫌悪感がちらちらと見え隠れようになった。
少し仲良くなれたと思っていただけに、彼の笑顔の裏の、刺すような感情が悲しかった。
ああ、これは嫌われてしまった。
そう思ったけれど無事にフルージエの栽培方法を伝えられてほっとした。
そんな風に過ごしていたある日・・・。
コトリと目の前に並べられた料理の中に、明らかに一つだけいつもと趣向が違うものが混じっていた。
いつもは、盛りつけも華やかで体にいいもの。
そこに美しさはあっても、かわいさ、などというものはもちろん存在しない。
なのに最後に並べられたそのお菓子は見た目も小さくて色も鮮やかで、本当に可愛らしい。
今までデザートを出してもらう事はあったけれど、それとも違う。
気付かれないように、ちらっと視線をいつものように向ける。
ルーナルドは相変わらずの無表情でそこに座っている。
けれどやはり、時々こちらを気にするそぶりを見せる。
ちらっと視線を動かした。
そしてあれっと思った。
クロス公爵の様子がいつもと違う。
落ち着きのある彼がそわそわしているし、いつになくこちらを気にしている。
最後に小さくて可愛いお菓子を摘んだ時など時に顕著にそれが見られた。
手にしたお菓子は、口に入れるとサクっと軽い音をたてて解けた。
甘さが口いっぱいに広がる。
今までの、甘さ控えめのそれとが違う。
存分にバターと砂糖を使った甘い甘いお菓子。
ああ、作り手が違うのだ、と。
頭の奥で理解した。
「おいしいです、公爵様」
礼を言えば、クロス公爵が嬉しそうに目を細めて笑う。
その様子からみても、ユーフェミアの考えは間違いではなさそうだった。
であればなおさら、なぜ、と疑問が次から次へと吹き出してくる。
この甘く可愛いお菓子はクロス公爵が。
そして今までのユーフェミアの体を気遣かった丁寧な食事の数々は。
血狂いと噂され、ユーフェミアを無理矢理攫ってきたルーナルドが。
毎日毎日作ってきてくれたもの。
それが二人の様子をずっと見てきたユーフェミアのたどり着いた答だった。
前にも書きましたが、ずば抜けた才能を持つルーナの影に隠れて、アッシュは自分の優秀さを自覚していません。
が、色んな人間と関わってきたユーフェミアの目からみても、なんでもできる相当な天才さんです。
読んでくださりありがとうございました。




