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突きつけられる現実

「・・・・・ははは・・・・」


ぐらぐらと視界が揺れる中、渇いた笑みが漏れる。




違う、自分はエトじゃない。


あの時アッシュの口からでた否定の言葉。

言ってしまった瞬間、罪悪感から解放され確かに心は軽くなった。

けれど、同時に『終わった』とも思った。

アッシュ、と名前を呼ばれて。

信頼していると暗に言われて。

ただ、彼女を裏切りたくないと思った。

騙すのではなく、アッシュに友好を示してくれた彼女にこちらも誠心誠意正直に事情を話して。

そうすれば助けてもらえないか、と甘い考えが頭を過ぎった。


なのに言葉にしてしまってから、もうそれでは遅いのだと気がついた。

そうするつもりなら最初から頭を下げていなければいけない。

こんな、盛大に裏切り行為をしたあとで誰が話など聞いてくれるというのか。


状況は最悪だった。

明らかにアッシュは彼女を騙そうとしていた。

卑怯な手を使い彼女の心を手に入れようとした。

誰がどう見てもそれがわかる状況だった。

終わりだ。

もう今更弁明の仕様もない。

結局アッシュには誰も救えなかった。


そう思ったのに。


なのに、彼女はそんなアッシュを怒るでもなく、蔑むでもなく、ただ「どうしたのか」と尋ねてきたのだ。

なにか事情がおありなのですね、と。

信頼していると告げてくれた通り。

なにも言わずともアッシュの心を掬い上げてくれた。


今度こそ本当に心から頭がさがった。

人は本当に必要なときには、考えずとも自然と頭がたれるものなのだな、と。

そんなことをぼんやりと思った。


アッシュを屋敷へと招き入れたユーフェミアは、そこで親身になって話を聞いてくれた。

わざわざアッシュのために暖かいお茶までいれてくれて。

何度も相槌をうち、時には驚いたように息をのんで。

アッシュが戦争の引き金にもなった不義の子、その子孫なのだと聞いても。

一切蔑むことなく。

ただただ一心に心を砕いて話を聞いてくれた。


そして・・・・。


アッシュは、未だクロス家を苦しめるエリンティアの呪いのことを打ち明けた。

クロス家の人間は産まれたときから呪われており、長くても必ず40前には呪い殺されること。

その唯一の解呪の方法こそがエリンティアと同じ血を引くアルフェメラス王女の。

現状たった一人しかいないユーフェミアの許しを得ることなのだと。

和平を望む気持は嘘ではなかったが、ユーフェミアに恩を売れればと思ったことも事実で。

ユーフェミアに心を許してもらい、≪許される≫ようにずっと計算して振る舞ってきた、と。

そして、よりそれを強固にするために【エト】の存在を利用しようとした、と。


話せば話すほど、自分がいかに強引で最低な手段をとったかを自覚する。

それでももう時間がなかった。


ユーフェミアはアッシュが話終わるまで口を挟まず、最後まで話を聞いていてくれた。

そして言ったのだ。

全ての聞き終わった後に。

アッシュの目をまっすぐに見て『ではわたしが許します』と。

『アッシュさまの大事な妹君、弟君が無事に回復なされることを心からお祈りしています』と。

自らの名をもってそう宣言してくれた。

貴族にとって、名は誇り。

その誇りをもっての宣言は絶対に違えられることはない。

王族であるのならなおさら。


信じられない気持ちだった。

でも確かにこの耳で聞いた。

目の前がぱっと開けた気がした。

ユーフェミアの言葉はとても真剣で、本当にこちらの身を案じてくれているのを肌で感じる。

彼女が祈っているといってくれるのなら、本当に毎夜祈ってくれるのだろうう。

そう信じられるほど、アッシュは彼女の人となりを知っている。


「許します」、と。

確かにアルフェメラス王女から≪許し≫を得た。

許しが何なのかは未だにわからないが、その言葉、気持ちだけでいいのならそれで条件はクリアできたはず。


では、リアとトーマは?

二人は無事だろうか?


自分のことは大丈夫だからどうか妹君と弟君の側にいてあげて下さい、と。

あくまでもアッシュを気遣かってくれるユーフェミアに何度も頭を下げて。

アッシュが馬を走らせ自邸に戻ってきた。

それが今から5時間ほど前だ。

呪いは解けただろうか?

もしやもう元気になってトーマなどは走り回っているのではないだろうか?


そう思って屋敷に戻ったが。

期待虚しく、二人は未だ昏睡状態のまま。

首元に浮きでた字も少しも消える気配がない。


まだわからない・・・。

まだ≪許し≫を得たばかり。

まだ効果がでるのに時間がかかるのかもしれない。

動揺し暴れ回る心臓を押さえ、必死で自分を励ました。


少しでもリアとトーマの苦しみを和らげるために、呪いの進行を押さえる魔法を二人にかけ続けた。

医師にも家令にも少し休んでは、と言われたが、苦しむ二人のためになにかしたかった。

この国では、医術は発展していても、魔法の技術は低い。

その点アッシュはルーナルドにそれなりに魔法を教わってきた。

この屋敷の中の誰よりも魔力量が多く、誰よりも上手に魔法を使いこなせる。

そのアッシュが魔法を使わずに誰が使うというのか。

しかも対象はアッシュの大事な妹と弟なのだ。


一時間、二時間、と魔法をかけ続ける。

アッシュが魔法をかければ、少しだけトーマの呼吸が安定する。

真っ青なリアの頬に赤みが差す。

それが分かっているから、休んでなどいられなかった。


そうしてどれくらい魔法を使いつづけたのか。


使用人達が入れ替わり立ち替わり何度もアッシュを諌めに来たが、アッシュは頑として譲らなかった。

もう少しだ。

もう少しで呪いは解けるはずなんだ。

だからもう少しだけ頑張れば全てうまくいく。

そう心から信じていた。


────・・・信じていたかった。


なのに・・・・。

そんなアッシュを嘲笑うかのように。

変化はいきなり訪れた。


頭を動かしたわけでもないのに、ぐらりと視界が揺れた。

まるで他人のもののように動かない体は簡単に傾いて。

すぐ側に置いてあったサイドテーブルを巻き込むように、アッシュの体は盛大に倒れ込んだ。

机の上に置いてあった新しいカップが3つ、派手な音を立てて割れる。

ひっくり返った水差しから冷たい水がこぼれ、無様に倒れ込んだアッシュの体にじわじわと染み込んだ。


なにが・・・・。


起こっている・・・?

いったいなにが・・・?


全身が切り刻まれているかのように痛い。

吸った空気が肺を膨らますだけで脳天を突き抜けるほどの激痛が走る。

身の置場もないほどに苦しい。


これは、なんだ・・・?


魔力切れ?

睡眠不足?

過労?

全てに心当たりがある。

けれど、これはそんなものじゃないと心のどこかがちゃんと分かっている。

今も自分を襲うこれは、そんな生優しいものじゃない、と。


これは・・・。


顔を上げれば、ぐるぐると景色が回った。

気持ちが悪い。

混み上がる強烈な吐き気。

なんとか押し止めようと右手を口元に当てれば、黒ずんだ自分の指先が視界の端に見えた。


「・・・・・・は・・・・・・?」


割れたカップででも切ったのか。

目の前にかざした指からプクリと赤い血が膨らんで。

どんどん溢れ出したそれは、指の腹を通って流れ落ちていく。

黒ずんだアッシュの掌を、手首を、そして腕を。

ぐるぐるとまるで蛇のようにとぐろを巻くそれの上を。

どこまでも赤い血が滑り落ちていく。


────・・・・呪いの顕現。


「・・・・・・・・・はは・・・・・・・」


人はこれ以上ないくらい絶望したとき、一体どのような行動をとるのか、と。

昔何かの本を呼んで、真剣に考えたことがある。

その時は、泣く、とか喚く、とか。あるいは自暴自棄になって暴れる、とか。

まだ子供だったからありきたりなことしか思い浮かばず、正解もわからなかったけれど。


・・・・今、分かった。


人はどうしようもないほどの絶望を味わったとき、ただ笑うのだ。

逃れられない自分の運命を呪って。

それでも、必死で平常心を保とうとして。

笑うのだ。


アッシュは、自分の右腕を真っ黒に染める気味の悪い字を見て。

泣くことすらできずただ渇いた笑い声をあげ続けた。








いつもありがとうございます。


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