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ルーナルドとユーフェミア

トサリ、と軽い衝撃を胸と背中に受けた。

何事が起こったのか理解できないでいるルーナルドの頬を、日の光を集めたような金糸が掠めていく。

一泊遅れて香る、甘い匂い。

冷えきったルーナルドの体に伝わる温もり。

そして触れれば壊しそうなほどの柔らかな感触。


それがユフィの髪であり、匂いであり、彼女自身であるとようやく理解できたのは。

ルーナルドの胸にしがみつくようにして泣くユーフェミアの存在を認識した直後だった。


「・・・・・・・・・っ!? な、にを!?」


思わず引いた体が壁に当たって止まる。

完全に固まったルーナルドの胸元で、ユーフェミアが静かに涙を流している。


・・・・・・なぜ?


こんなことになっている・・・?

確かに二日前の夜、ルーナルドは彼女の前で無様に倒れた。

血を大量に吐き苦しむ姿は、彼女にはさぞ衝撃的で怖い思いもさせたことだろう。

優しい彼女のことだ。

あれから姿を見せないルーナルドが一体どうなったのか、と。

少しくらいは心配してくれていてもおかしくない。


けれど、今の彼女は・・・・・・・・。


ルーナルドの胸元の服をくしゃりと掴み、今も涙を流し続ける彼女。

ボロボロと行く筋も涙を流すその姿は、普段の凛とした彼女とは余りに掛け離れていて。

ちょっと心配した、等という軽い言葉はその様子に到底当てはまらない。


・・・・・・なぜ?


ルーナルドは、彼女がこれほど取り乱す程の存在ではない。

力付くで跪かせ、無理矢理さらってきた。

自由を奪い、時間を奪い、毒を飲ませつづけた。

視線があったのも、言葉を交わしたのも、ここに来てからはたったの一度だけ。

アッシュとは違い、交流などないに等しかった。

なのになぜユーフェミアは、ここまで顔をぐしゃぐしゃにしてルーナルドにしがみついて泣いているのか。

まるで理解できなかった。


「・・・・・お・・・い、離れ、ろ」


密着する彼女の体。

伝わって来る彼女の体温。

鼻をくすぐる彼女の匂い。


頭が甘く痺れてくる。


ずっと触れてみたかった彼女の細い髪がそこにある。

ルーナルドの腕にすっぽりとおさまってしまう程華奢な体がそこにある。

ルーナルドが腕をあげ、抱き込んでしまえばすぐに届く位置に。


「・・・・・・・っ!! ・・・・・・おい、離れろ!」


何度、触れたいと願っただろう。

何度近づきたいと願っただろう。

自分で《彼女の絶対悪》になると、そう決めたのに。

気軽に彼女の隣に行けるアッシュが羨ましくて。

楽しそうに会話を楽しめるアッシュが本当は妬ましくて。

浅ましい自分の心を何度諌めたかわからない。


触れたい、近づきたい、このまま抱き込んでしまえば・・・・・。


─────────・・・・・でもできない。


ルーナルドは最後まで、自分がやると決めたその役を演じきらなければいけない。


アッシュを裏切るようなことは絶対にしない。


大事な二人の邪魔だけは絶対にしない。


ぐいっと、わざと乱暴に彼女の肩を両手で押した。

顔にはいつものように無表情を貼付けて。

こんな時、顔の表情筋がほとんど働かない自分の顔は本当に役立つ。

どれほど心が乱れていても、顔には何一つとして表れないのだから。


「離れろ」


とどめにもう一度、いつもの冷たい声で言い放つ。

視線に険を込めるのも忘れない。


・・・・・・これで彼女も正気に戻るだろう。


ルーナルドなど、心配する価値などない人間だと。

気付くだろう。

・・・・・・心が痛い。

本当はこんなこと言いたくない。

けれど、どれだけ苦しくても。

離れてしまった彼女の温もりに、どれほど寂しさを覚えても。

言わなければいけない。

ルーナルドは、彼女の悪でなければいけないのだから。


「・・・・っ! 申し訳ありません、はしたない真似を・・・・・」


我に返ったように彼女が顔を上げ、ルーナルドと距離を取るように慌てて体を後ろに引いた。

赤く充血したその目と目が合った。

そう思った瞬間、彼女の体がぐらりと後ろに傾いた。

後ろに引いた足が滑ったのだと気がついたときには、彼女の体はもう後ろ向きに倒れ込んでいた。

あのままでは頭を打つ。

慌てて彼女の右手を掴んだが、弱ったルーナルドでは小柄な彼女さえ支えきれない。

倒れ込む彼女の体にルーナルドも一緒になって引っ張られる。

このままでは二人一緒に倒れる。

そう理解はしたが、手を離すなんて選択肢は一度も頭に浮かばなかった。

彼女一人支えきれない。

情けなくてどうにかなりそうだったが、今そんなことを嘆いても仕方がない。

せめて、彼女が怪我をしないように身を差し出すことしかできなかった。

両腕で彼女の体を抱き込んだ。

頭を打たないように右手で頭を保護し、衝撃を殺せるように左手で彼女の腰を抱いた。

身を寄せれば、一層濃くなる彼女の香り。

抱き込んだ体の余りの小ささと、細さに、寒くもないのにぶるりと体が震えた。

そして。

どさっと重い音と共に感じる体への衝撃。

痛いと思う程ではなかったが、ユーフェミアは大丈夫だっただろうか?

なるべく彼女に体重をかけないように気を使ったつもりだが、それでも実際はどうだかわからない。

頭も打たなかったはずだが、ちゃんと確認しなければ。


そう思うのに、体が離れない。

それどころか、反抗的で、ある意味どこまでも素直なルーナルドの両腕は、一層深く力を入れて彼女を抱き込んだ。

密着する二人の体。

彼女の吐いた息が、ルーナルドの胸元にあたり身が震える。


早く離れなければ。


・・・わかってる。


時間が経てば経つほど状況をうまく説明できなくなる。


・・・・・ちゃんとわかってる。


こんな。

こんな一緒に倒れた後、思わず抱きしめてしまったなんてそんな行動をとれば。

言い訳のしようもなくなる。


分かってる。

なのに、頬をかすめるユーフェミアの細い髪。

両腕に抱き込んだ小さすぎる彼女の体。

ずっとこうしたかった。

このまま離したくないんだ、と心が拒否をする。


お前はアッシュを裏切るのか!!


まだかろうじて残っていた理性が悲鳴のような声を上げる。

それでやっと正気にもどった。

全身にどっと冷や汗が浮かぶ。

自分はまたしてもなんと恐ろしいことを!


慌てて身を起こそうとした。

その時。

ルーナルドの腕の中でポツリと呟かれた言葉に、心臓が跳び跳ねた。


囁くような優しい声音だった。

でも絶対に聞き間違いではない。


言葉の意味を理解した瞬間、ルーナルドの全身は火をつけられたかのように熱をもち燃え上がった。



「やっと見つけた・・・。 エト」と。


彼女は確かにルーナルドに向かってそう呟いた。



















読んでくださりありがとうございました。


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