張りぼての屋敷
少しだけ欠けた月が照らす夜道を、馬を操って・・・というよりもただ無様にしがみついてゆっくりと進む。
手綱はただ握っているだけ。
馬の背に落とされないように必死でしがみついているだけ。
なのに一緒に戦場を駆け抜けてきたルーナルドの愛馬は、道を間違えることなくまっすぐに目的地へと進んでくれる。
やがて、木々が生い茂る森の入口にさしかかりルーナルドは馬から滑り降りた。
ここからは馬は入れない。
歩いて行くしかない。
賢い愛馬の頬を撫でて労い、近くの木の根に手綱を繋いで。
ルーナルドは一歩を踏み出した。
舗装などされていない道。
木々の根や下生えに足を取られる。
常時であればなんでもない道のりが。
歩いてわずか数分の距離が、果てしなく遠い。
どんどん体力を奪われていくのがわかる。
それでも引き返そうとは一度も思わなかった。
そうして一歩一歩ゆっくりと進んでいくと。
目線の先に明かりが見えた。
周辺にルーナルドが用意した屋敷以外の家はない。
「ユフィ」
真っ暗な闇の中に浮かぶ小さな屋敷は、ルーナルドがユフィのためだけに用意した家。
少しでも過ごしやすいように、彼女の好きそうなものを寄せ集めた屋敷。
ルーナルドの自己満足が具現化したような、中身の伴わない張りぼてだらけの家。
その家の二階の角部屋から小さな明かりが漏れている。
あそこは確かユフィが寝室として使っていた部屋のはず。
まだ時間としてはずいぶん早いが。
起きているにしては漏れ見える明かりが小さすぎる。
もう寝る準備をしているのかもしれない。
・・・・・・・・それともまさか・・・・。
アッシュと一緒、とか?
思った瞬間、体を鋭い何かで貫かれたような衝撃を受けた。
まさか二人で寝室に・・・?
そこから導き出されることなど、想像したくもない。
なのに嫌でもその場面を連想してしまう。
ユフィがアッシュに身を委ねる。
アッシュがユフィの体に触れる。
ルーナルドが、ずっと触れたくても触れなれなかった髪に、頬に触れ、口づけを落とす。
考えるだけで頭がどうにかなりそうだった。
納得したはずなのに。
それでいいと確かに思ったのに。
けれど頭で納得するのと、心で納得するのとは違う。
そう簡単に心なんて騙せるものじゃない。
そんな場面を目の当たりになどしたらルーナルドは・・・・。
ここで引き返すべきなのかもしれない。
そんな場面は絶対に見たくないんだと、心が警報を鳴らしている。
逢いたい。
けれど怖い。
たった一人で千の敵兵と対峙してきたルーナルドが。
そんな場面を想像するだけで気を失いそうなほど恐ろしかった。
・・・・今更だろう。
その可能性だって十分考えられた。
それでもルーナルドは自分の欲を抑えきれなかったのだ。
引き返すなら今だ。
傷つかないで済む。
けれど、そうなればもう二度とユフィには会えない。
数秒迷った末。
───・・・それでも一目、ただ逢いたい。
やはり行き着いた答えは同じだった。
結論を出したルーナルドは、顔を上げて屋敷へと向かって足を踏み出した。
鍵などつけていない扉を開けて、静かに屋敷の中に入り込む。
いくら結界を張り巡らせているとはいえ余りにも不用心だったな、と今更ながらに反省をしつつ。
ゆっくりと階段をあがり、廊下を進む。
人の気配がするのはやはり、二階の角部屋だけ。
そして分かる。
二階の角部屋。
目の前のこの扉。
その向こう側にいるのはユフィ一人だけだ。
感じるのは彼女の気配だけ。
彼女は一人きりだ。
その事実に安堵の息を吐きつつも。
いや、まだ安心するな、と心が警戒を呼びかける。
アッシュほどの男ならば気配を完全に断つことも出来る。
ここでそんなことをする必要があるとは到底思えないが、それでも万が一というとこもある。
無警戒に扉を開けてみたら二人が、という可能性を心にとめつつ。
ルーナルドはドアノブに手を掛けて。
ゆっくりと通し開けた。
「・・・・ますように。
そして、アッシュ様の妹君、弟君がどうか回復しますように」
扉を開けると漏れ聞こえてくる少し高めの、耳に心地好い声。
ルーナルドが開けたその扉の、ちょうど正面にある大きめの窓。
少しだけかけた月が放つ、優しい月光が注ぐそこに。
跪いて両手を組み一心に祈りを捧げているユフィがいた。
いつもありがとうございます。
 




