葛藤
「・・・・・・・公爵様?」
「・・・・・・・・っ。 いや、ごめん、なんでもないよ」
アッシュの顔を見たユーフェミアが不安そうに眉を寄せる。
いけない、余程醜い顔でも晒してしまったか・・・・。
感情を押さえ込み、意味のない笑みを浮かべるのは得意なはずなのに。
彼女の前ではなにもかもがうまくできない。
怒りも、動揺も、簡単に暴かれ顔にそのまま出てしまう。
だからといって、こんなお門違いの怒りを彼女に向けるわけには絶対にいかない。
苦労して顔に笑みを浮かべ、心を立て直す。
なのに、ジクジクと心の片隅が痛む。
左胸を押さえて柔らかく微笑む、ユーフェミアのあの表情が、ルーナルドのあの表情が。
頭からどうしても離れない。
【お前がエトになってユフィを守ってくれ】
ふいに昨晩のルーナルドの言葉が脳裏に蘇った。
アッシュがエトになる。
もしそうなったら、ユーフェミアは・・・・。
そこまで考えて、アッシュは無理矢理思考を停止させた。
これ以上考えてはいけない。
「公爵様? 大丈夫ですか? どこか具合でも悪いのではありませんか?」
心配そうに顔を除き込んでくるユーフェミアに、いつもと同じ顔と声で「大丈夫だよ」と伝えれば。
「わたしのことはお気になさらず、どうかルーナルド様の側にいてあげてください」と。
そう、言葉が返ってきた。
・・・・・・・二人して同じ事を言う。
アッシュの苦労も知らずに。
アッシュがどれほど重いものを背負ってここにいるかも知らずに。
アッシュにだって心があるし、意思もあるのに・・・。
そこまで思って、アッシュはハッと我に返った。
いけない、思考がどんどん悪い方向に向かっている。
このままでは良くない、とアッシュは心を無理矢理切り替える。
「食べれるようなら食事を用意するよ、ユーフェミア」
努めて明るい声で、強引に話題を変えた。
・・・・頼むから。
ルーナルドの話をするのはほんの少しだけ止めてくれ。
もう少し、ほんの少しだけ。
心が持ち直すまで。
今もアッシュにとってルーナルドはかけがえのない家族であり、親友だ。
その想いにはかけらも揺るぎがない。
けれど、誰よりも近い存在ゆえに割りきれない苦い想いがどうしても混み上がる。
「・・・・・・・・はい、ありがとうございます、公爵様。 是非いただきます」
強引に話を変えたアッシュになにかを察したのか。
感情の読めない表情でじっとアッシュを見つめていたユーフェミアは。
しばらくの沈黙の後、穏やかな笑みを浮かべてアッシュの望み通りの言葉を返してきた。
その言葉に少なからずアッシュは驚きを覚えた。
こんなにあっさり引き下がるとは思わなかった。
あれほど気にしていたのだ。
ルーナルドの容態をもっと事細かに聞いてくるか。
それとも、アッシュを無理にでもルーナルドの元に返そうとするか。
そのどちらかだと思っていた。
仮に、アッシュの望み通り食事の話に切り替わったとしても。
食事などいらない、喉を通らないとでも言うのだろうと思っていた。
「・・・・そう、じゃあ用意するね」
「はい、わたしもお手伝いいたします」
アッシュが持ってきた食事をいつもの食卓に二人で並べ食事をとる。
いつもと同じように、美しい所作で「おいしいです」と何度も賛辞を述べて。
気になるだろうに、ルーナルドの話題は一切ださず。
いつもと同じ何気ない会話を楽しみながら。
ユーフェミアはアッシュが用意した食事を綺麗に食べてくれた。
・・・・・・・・・ああ・・・・・・。
どうしようもない愛しさが心の中で渦を巻く。
ユーフェミアはちゃんとアッシュのことを考えてくれている。
アッシュが朝早くからユーフェミアのためだけにこの食事を用意したことをちゃんと察して。
その食事を、食欲がないから、等という理由だけで切り捨ててしまわなかった。
アッシュの心が悲鳴を上げているのを感じて。
ルーナルドの話題をださず、二人だけの時間を大切にしてくれた。
いつもと味が違うとおそらく気がついただろうに。
知らぬふりをして、ただ笑っておいしいと褒めてくれた。
・・・・・・・・・・こんなの、もう・・・・・っ。
気持ちに歯止めがきかない。
どれだけ押さえ込んでも、想いがあふれてくる。
手に入れたい、どうしても欲しい。
こちらを向いてほしい。
ルーナルドじゃなくて自分を見てほしい!
【お前がエトになってユフィを守ってくれ】
頭の中にこだまする甘美な言葉。
もし、アッシュがエトになったら。
エトになって、ユーフェミアの前に現れたなら。
ユーフェミアは自分を見てくれるだろうか?
ルーナルドではなく自分に。
幸せそうな柔らかいあの笑みを。
向け続けてくれるのだろうか?
読んでくださりありがとうございました。




