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微笑み

アッシュがいれたお茶を飲んで「おいしいです」とユーフェミアが笑う。

「お気遣いありがとうございます。お見苦しいところをお見せしました」と、申し訳なさそうに頭を下げる。

いつも通りのユーフェミアだ。

顔には、穏やかなアルカイックスマイルを貼り付けて。

綺麗に髪をとかしつけ、身なりを整えて。

背筋を伸ばしていつもの席に座り、いつもと同じように完璧な所作でお茶を飲む。


たった数10分。


それだけの時間で彼女はあの状態からここまで心を立て直してきた。

そこにいるのはいつもと同じ完璧で隙のない王女。


─────・・・・・少なくても表面上は・・・。


同じように微笑んでいるつもりなのだろうが、全然違う。

惹かれる想いを殺しつつ。

それでもずっと側で見てきたアッシュにはわかる。

顔は綺麗に微笑んでいるのに、目に力がない。

声もいつもよりも張りがない。

眉尻も下がっているし、口角の角度も左だけ少し下がっている。


それになにより、ユーフェミアの手が・・・・・。


カチャリ。


ユーフェミアが持った茶器が音をたてた。

これは貴族の世界では完全にマナー違反にあたる。

今まで一度だって彼女はそんなミスを犯さなかった。


けれど・・・・。


「・・・・・・っ! 申し訳、ありません、公爵様」


ユーフェミアが机にカップを置き、アッシュに向かって丁寧に頭を下げてくる。


「いいんだよ、ユーフェミア。 無理しなくてもいい、大丈夫だよ」


表面上はいつも通り。

けれどユーフェミアの手は、そして体は、先ほどからずっと微かに震えている。

そんな状態でお茶を飲めば当然食器が触れ合う音くらいするだろう。


「それに、その手ではさぞ痛かっただろう? ごめんね、気がつかなくて」


ユーフェミアの両手。

袖で隠してはいるが、そこがズタズタに傷ついていることを昨日アッシュは確かに見た。

手当をしてあげなければと思ったのに、色々あって忘れていたなんて情けないにも程がある。


「ちょっと染みるけど我慢してね」


薬箱を持ってきて、半ば強引に彼女の腕を取り袖をめくりあげる。

傷口は綺麗に洗ってあるが、それでもいい状態とはとても言えない。

はっきり言えば、肉がえぐれてかなりひどい状態だ。

一体何度結界を叩けばこれほどの傷になるのだろう。

これでは湯を浴びるのもかなり痛かっただろう。


かなり染みるが、殺菌作用が強く治癒効果のある薬をなるべく痛くないように気をつけながら塗っていく。

大の大人でも悲鳴をあげるほどの代物なのに、ユーフェミアは我慢強いのかうめき声一つあげない。

ただぼんやりと、アッシュが手当するのをされるがままに眺めている。


ガーゼで保護し、その上に白い包帯を巻いていく。

ちゃんと手が使えるように。

それでいて、ちゃんと患部を保護できるように。

包帯が緩まないように、けれど締め付けすぎないように。

丁寧に巻いていく。


「・・・ありがとうございます。 公爵様はなんでもできるのですね」


アッシュが手当してやった両手をしばらく見つめた後、ユーフェミアが微笑んだ。

力のない、弱々しい笑みだったけれど。

今までの貼り付けたような作り笑いではない。

自分だけに向けられた、柔らかな微笑みに。

アッシュの心臓が一際高く鳴った。

爆発しそうな勢いで高まった感情を押さえ込んで、慌てて視線を反らす。

可愛すぎて直視できない。

あっというまに頬に熱が集まってくる。

自分の心臓の音が耳にうるさい。

体中が楽器でも鳴らしているかのように騒がしい。

しっかりしなくては。

そう思うのに微笑み一つで簡単にペースが乱される。


ふぅーっと気がつかれないように大きく息を吐き出して。

なんとか心を落ち着かせる。

鉄面皮は得意のはずなのに。

彼女の前ではどうにも難しい。


一度、二度と意識して呼吸を繰り返し。

随分と平静を取り戻せたのを自覚して。

ユーフェミアへと視線を戻したアッシュは、見慣れない彼女の仕種に思わず首を傾げた。


「・・・・・・・・? ・・・・胸をどうかしたの?」


ユーフェミアが自分の左胸に両手をあてて何かを確認するように目を閉じていた。

痛みがあるのか?

苦しいのか?

心配で思わずそう声をかけてしまってから、女性に対して『胸が』等と失言だったと後悔した。

けれど一度でてしまった言葉は取り消すことなどできない。

不快に思われただろうか?

決して疚しい気持ちからでた言葉ではなかったのだが。

慌てるアッシュをよそに、ユーフェミアは気にした風もなく首を横にふった。


「大丈夫です。なんともありません。ご心配をおかけしました」


ユーフェミアの言葉にほっと安堵の息を吐いて、「そう。それならよかった」と答えたところで。


強烈な既視感を覚えた。


同じような場面、同じようなやり取りがつい最近あった。

あれは。

そう、今朝だ。

ルーナルドが同じように自分の左胸を押さえていて、大丈夫かと問い掛けた。

彼は大丈夫だと答えて。

そして、その後。


幸せそうに笑った。


彼女も・・・・。

微笑んでいる。

アッシュに見せた笑みとはまた少し違う柔らかい笑みを浮かべている。


同じ仕種に、同じ表情。


二人にはアッシュの知らない繋がりがある?


そう思った瞬間、ざわっと心の中で何かが燃え上がった気がした。


エトの事を嬉しそうに話すユーフェミアを見たときも。

ユフィとの思い出を優しい表情で語るルーナルドを見たときも、感じた。

心の底からの深い苛立ち。


心の中を焦がすほど燃え上がるそれが、嫉妬なのだと。


ようやくアッシュは理解した。












皆様お忘れかと思いますが、ユーフェミアとルーナは左胸に刻まれた誓約魔法で繋がっています。


読んでくださりありがとうございました。

次話、もしくはその次辺りから、アッシュは結構過酷な状況に追い込まれます。

応援(アッシュを通して作者を)していただけると嬉しいです。


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