溢れ出す想い
目的の人物、ユーフェミアはすぐに見つかった。
屋敷の外にある畑で、いつもと同じように野菜の世話をしているのが遠くからでもわかる。
・・・・・・なんだ・・・。 意外と普通なんだね・・・。
無事であったことに安堵の息を吐きつつ、なんとなく残念なような複雑な気持ちになる。
決して、昨晩別れたところで寒さに堪えながら待っていて欲しかったわけではないが。
それでもあまりにもいつも通りだと少しばかり冷たいのではと勝手なことを思ってしまう。
作業の邪魔をしないように静かに歩み寄る。
忙しく動き回るユーフェミアの、結われてもいない金の髪が日の光を浴びてキラキラと光るのが見えた。
そこで・・・・。
ふと違和感を覚えた。
金の髪・・・・?
ユーフェミアは外に出るときは必ず麦藁で編まれた帽子を被っていたのに?
紫外線は肌にも髪にも大敵です、と。
そう言って髪も肌を必ず隠していたのに・・・。
作業の邪魔になります、と言って毎回髪を自分で綺麗に結っていた。
なのに、髪を結ってもいなければ、帽子も被ってない。
よく見れば、服もいつものシャツとズボンではなく。
「・・・・・・ユーフェミア・・・・」
血と土でどろどろに汚れ、シワだらけの服。
すぐに、昨日の服を着替えもせずそのまま着ているのだと気づいた。
髪もいつも綺麗にしているのに、ボサボサで。
危機迫るような勢いで、一心不乱に何かしている。
「・・・・・・・ユーフェミア・・・なにをしているの・・・?」
静かに声をかければ、今初めてアッシュの存在に気がついたのだろう。
ユーフェミアはびくっと目に見えるほど体を奮わせて。
そうして、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
・・・・・・・・・・なんて顔してるの・・・・。
パンパンに腫れ上がった目元に、真っ白な顔色。
泣くのを必死で我慢しているような、迷子の子供のようなひどく不安げな表情。
いつも凛としていて、微笑みを絶やさなかった彼女とは掛け離れた姿だった。
・・・・・・・この状態の・・・どこが普通だっていうんだ・・・・っ!
一瞬でも普通だなんて思ってしまった自分がひどく愚かに思えた。
「公爵様・・・。 あの・・・お茶、を・・・・」
「お茶?」
震えてかすれた小さな声で、ユーフェミアが返事をする。
無意識に問い返せば、彼女は手元に持っていたそれをぎゅっと力を入れて握り込んだ。
「はい・・・。 もっと効果が・・あるように・・・お茶を・・・天日干し、して・・・・」
「ユーフェミア・・・・」
アッシュを見つめるユーフェミアの目から。
ぽろぽろと。
大粒の涙が流れ、白い頬を伝って落ちていく。
「だけどっ! こんな、お茶、ぐらいでは・・・何の、助けにも・・・なら・・な、い・・」
嗚咽に遮られながらも、悲鳴のような彼女の声が響き渡る。
ぐしゃりと彼女の綺麗な顔が歪んだ。
華奢な肩が目に見えて震える。
唇を白くなるほど強く噛み締めて。
必死で声を噛み殺し、全身を奮わせて静かに泣くその姿に。
アッシュの胸は苦しいほどに締め付けられた。
効果のあるお茶・・・・。
それはおそらく、いつも彼女がいれてくれるお茶。
肺の病に効果のあるフルージエの根を煎じたお茶の事。
彼女はやはり知っていたのだ。
ルーナルドが肺を患っていることを。
その上でなにも聞かず、知らぬふりをして。
アッシュを巻き込んでルーナルドに効能のあるお茶を飲ませつづけた。
そして今も。
もう恐らく、そんなことをしても無駄だろうとわかっていつつも。
ただ泣いて。
アッシュが訪れるのを待つだけじゃなく。
ルーナルドのためにと自分にできることを一生懸命していた。
「・・・・・・・・・」
彼女は昨晩からずっとこうやって一人で耐えていたのだ。
外に出ることもできず、状況も確認できない。
不安で押し潰されそうなりながら。
それでも何かできることを、と。
ただ泣くばかりじゃなくて。
少しでも自分にできることを、と。
もうそんなことをしても無駄だろうとわかっていながら。
それでも、ああやって必死で動いてくれた。
それはどれほど強い精神力からくるものだろう。
・・・・・・・・もっと早くに来てあげればよかった。
食事の用意や、書類の確認なんて後にして。
とにかく大丈夫だ、と。
ルーナルドは持ち直したから、と。
いち早く知らせてやればよかった。
そうすれば、少なくても今、ユーフェミアがあんな風に泣くこともなかったかもしれない。
嗚咽を噛み殺し、一人で必死に堪える小さな体。
泥に汚れた白い頬を、幾筋も伝い落ちていく涙。
・・・・・・・・・・っ。
ああ・・・・・。
「またこんなに汚して・・・泥がついているよ」
泥を拭うふりをして、一緒に涙も拭い去る。
涙で濡れた指先が。
彼女の頬に触れた指先が。
ただひどく熱い。
ユーフェミアが充血した赤い目でアッシュを見上げてくる。
その仕種全てが。
その潤んだ瞳に自分が写っていることが。
腹の底から、突き動かされるような激情を産んだ。
ああ・・・・・。
もう、ダメだ・・・・・・。
どんなに否定しても・・・・。
どんなに自分の気持ちに蓋をして閉じ込めたって・・・。
こんなにも・・・。
こんなにも彼女が愛おしい・・・。
ごめん、ルーナルド・・・。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
僕は彼女を・・・。
愛している。




