魔力
「いい? 絶対に動くんじゃないよ?」
翌朝、まだベットから起き上がることもできない、青い顔をしたルーナルドに5回めになる釘を挿す。
こんな状態でも、ユーフェミアになにかあったならきっと這ってでも駆けつけようとするだろう。
それを見越して先回りしての言葉だ。
「わかっている」
ルーナルドが少しだけ眉を寄せ不機嫌そうな声を出す。
これも五度めになる返事。
「公爵家から、ハンスとマシアス、それとリリーを寄越すから」
ハンスは公爵家の筆頭執事で、長年使えてくれているからルーナルドとも面識がある。
マシアスは公爵家の抱える、知識と経験が豊富な凄腕の医師。
リリーはまだ若いが、あらゆる仕事をテキパキとこなすスーパーメイドだ。
それぞれ専門職の高い能力に加え、三人全員戦闘技術がずば抜けて高い。
もし何かあってもルーナルドに後れを取ったりしないどころか、きっとルーナルドを守ってくれる。
「必要ない」
これも本日五度目のやり取り。
何度説明しても彼は「必要ない」の一点張りで、使用人を受け付けようとしない。
昨晩だってアッシュに「大丈夫だから屋敷に帰れ」と何度言ってきただろう。
また自分に何かあったとき巻き込むわけには、とかそういう面倒臭いことを考えているのだろう。
どこまでも人に甘えるということができない男だ。
けれど強情なルーナルドを絶対に納得させる方法がある。
「そう・・。 じゃあ僕はお前が心配で心配で、ここから離れられないけど・・・。 それでいいんだね?」
「・・・・・・・・・・・・・わかった。 感謝する」
しばらくの熟考のうえ、ルーナルドが無表情のまま頷くのを見て、アッシュはやれやれと息を吐き出した。
・・・・最初からそう言ってればいいのに。
全くどこまで不器用なのか・・・。
目が覚めて、開口一番に彼が放った言葉が「ユーフェミアの様子を見て来てくれ」だった。
自分がどんな状態であろうとも、彼にとって優先すべきはユフィなのだ。
そのユフィを引き合いに出せば、あっという間に折れる。
「・・・・・胸をどうかしたの?」
素直に甘えられない弟に焦れてジロッと睨み付ければ、彼が左胸に手を当てて静かに目を閉じているのに気がついた。
どこか苦しい?
それとも痛い?
もう一度薬を打つか?
焦るアッシュにルーナルドがわずかに口角をあげた。
「大丈夫だ、なんともない」
その言葉どおり、顔にも声にも苦悶は感じられない。
気にしすぎだっただろうか。
「・・・・じゃあ、行ってくるけど。くれぐれも無茶はするな。体を休めていろよ」
「わかっている」
「もうその言葉、10回は聞いたぞ」、とぶつぶつ文句を言っているけれど。
残念、まだ六回しか言っていないし、これでもまだ言い足りない。
お前がこんな言葉だけで素直に言うことを聞いてくれるならまだまだ何度でも言うよ。
・・・・・・・素直に聞いてくれるなら、ね・・。
まあ、無理だろうけど
それでもなにも言わないよりは幾分制止になるだろう。
「じゃあ、行ってくる。すぐに帰って来るよ」
「いや、こっちはいいからユーフェミアの側に・・・・・・・・」
ユーフェミアの側にいてやってくれとでも続いたんだろうが。
どこまでも自分を軽視するルーナルドにわずかな苛立ちを覚え、アッシュは最後までその言葉を聞かずに扉を閉めた。
公爵家に一度帰り、人の手配をし、手早く湯あみをして服を着替えた。
料理長にユーフェミアの食事を準備してもらっている間に、リアとトーマの部屋を尋ね早いうちにルーナルドの屋敷に顔を出すように伝える。今日にでも二人一緒に行ってくるというので、二人につく護衛騎士を選び、昨晩できなかった急ぎの書類に目を通し終わったところで、料理の準備ができたと報告を受けた。
急なこともあり、流石にルーナルドのようにアルフェメラスの料理を一品入れることなどできなかったが、それでも若い女性が好きそうな華やかで可愛らしい盛り付けで品数も多い。
何か甘いものをつけてくれと頼んだので、数種類のフルーツが乗ったタルトが入れてくれてあった。
きっと気に入ってくれるだろう。
これで彼女が少しでも、気を紛らせてくれたらいいのだけれど。
そう思いつつ、屋敷をでた。
太陽がもう真上近くまで来ている。
いつもより随分と時間が遅い。
昨日の彼女の様子も気になる。
今どうしているだろうか。
自然を馬を走らせる速度が早くなり、森を歩く速度も上がった。
近づくにつれ、ひしひしと感じる屋敷を囲うルーナルドの魔力。
昨晩生死の境を彷徨ったにも関わらず。
そして今もベットから起き上がることさえできない状態にも関わらず。
その結界には綻び一つない。
いつも通り完璧に四方を、そしてその中にいるユーフェミアを守っている。
いったいどれほど強固な意思を持っているのか。
昨晩ユーフェミアの魔力を感じたときは、結界に綻びが生じたのだろうかと思ったのだが。
そうではないのだろうか?
それとも、昨晩一時緩んだ結界がルーナルドが正気になったことで張り直されたのか。
・・・・・・・・・もし・・・。
もし昨晩も今と同じように綻びなど一つもなく。
その上で彼女の魔力がこの完璧な結界を突き破ったというのなら。
彼女の魔力はルーナルド以上ということになる。
まさか・・・・。ありえない・・・・・。
そこまで考えて、アッシュは首を振った。
ルーナルドの魔力でさえ常軌を逸しているのだ。
あの巨大な結界を四六時中維持しているだけで、その異常さがわかる。
ルーナルドを超える魔力など、もはや人が身に宿せる枠を遥かに超えている。
そんな巨大な魔力を有する人間などいるわけがないい。
なにより、ここ2ヶ月程可能な限り彼女と一緒に過ごしたが、特別強い魔力を感じたことは一度としてない。
貴族は、総じて魔力が多くて強い。
が、ユーフェミアのそれは魔法大国アルフェメラスの王女にしてはむしろ少なく弱すぎるくらいだ。
魔力は可視化できないからはっきりとはわからないが。
それでも肌で感じる分にはルーナルドはおろか、アッシュにさえ遠く届かない。
そのユーフェミアが、ルーナルドの魔力を越えるなど
あるわけがない。
であれば、やはり昨晩ルーナルドの結界が一時綻んで。
その隙間を縫うように彼女の魔力がアッシュに届いたのだろう。
そう結論付けた時。
ちょうど屋敷が見えてきた。
結界の内と外の境目。
昨晩ルーナルドが倒れていた場所。
見える範囲にユーフェミアはいない。
ちゃんとアッシュの言うことを聞いて、屋敷に戻ったのだ。
ほっと安堵の息を吐き出して。
まだ血の後が濃く残っているそこに浄化魔法をかけてきれいに洗い流し。
アッシュは今もルーナルドが守り続ける結界の内に足を踏み入れた。
いつもありがとうございます。
 




