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エト

胸が痛いよ、ルーナ・・・。

そんな顔しないでよ・・。

僕はお前がいなくなった後のことなんて考えたくない・・・。


けれど。


姉と母、そして父を看取った。

どんなに願っても、どんなに否定しても現実は覆らなかった。

奇跡なんてそうそうおきない。

どうしてもそれが避けられないことなら。

顔を背けてばかりいてもダメなことくらいもうわかっている。

時間がないからこそちゃんとルーナルドの話を聞いてやらないと。


「・・・・・・もちろん彼女が無事に母国に帰れるように全力は尽くすけれど・・・」


ずっと、は無理じゃないかな?

彼女には婚約者がいるという話だし。


そう軽い口調で言った瞬間、ズキリと胸が痛んだ。


ユーフェミアには将来を約束したという婚約者がいる。


本人同士の口約束のようだけれど、だからこそ互いへの強い気持ちが伺える。


またなぜかズキリと心の奥が痛んだ。


一体どんな相手なのか。

母国の公爵か、騎士か、それとも幼なじみか。

確か名前は・・・・・。


「エトは俺だ」


「・・・・・・・・は?」


エトハオレ・・・・?


「彼女が言っていたエトは俺だ」


「・・・・は?」


頭の理解が追いつかない。

二人が会ったのは、10年以上前、数ヶ月だけではなかったのか?

それとも、その後もあっていた?

いや、ルーナルドはずっと国から出ていない。

それとも、アルフェメラスに進攻しているときに会ったのか・・・?


頭が混乱する。


彼女が、将来を約束したという男がルーナルド?

彼女は幼い頃よりその人だけと決めていた、と。

その相手がルーナルド・・・?


ゆっくりとその事実を飲み込んでいく。

胸の奥がジクジクと痛むと同時に、ほの暗い何かが混み上がってくる


「はは・・・。 お前がエト・・・? 彼女の婚約者の・・・? なぜ、エト、なんて名前に・・・?」


胸のうちの動揺を必死で押さえ込んで。

努めて冷静に問い掛けたアッシュの言葉を受けて、ルーナルドが気まずそうに顔を背ける。


「名前を聞かれて、言いよどんだだけだ。それを彼女が誤解した」


面倒臭いからほうっておいたら、そのままその名前が定着した、と。

ルーナルドがため息混じりに告げる。

呆れたような声。

なのに、どこまでも優しい声。

いつも独り言のように【ユフィ】と呟いていたあの時と同じ、溢れる愛しさを隠しきれない声音。


チリチリと胸の奥で、痛みを伴った何かが燃えあがる。

痛くて苦いそれがなんなのか。

アッシュには分からない。


そうしてルーナルドは語りはじめた。

ユフィと初めて会った日のこと。

いきなり首根っこを捕まれて、叱られたこと。

自分のために負けないでと泣いてくれたこと。

毎日どこに隠れても探し出しては一緒にいてくれたこと。

二ヶ月間、二人でずっと一緒に過ごしたこと。


相槌をうちながら静かに話を聞いていたアッシュの心は。

寂しさなのか怒りなのか、自分でもよくわからない感情でいっぱいだった。


「最後に【約束】をした」


「約束・・・・」


そうだ、ルーナルドは確かに最初からそう言っていた。

彼女と【約束】をしたから、と。

「彼女はもう忘れているだろう」と言っていたけど。

エトのことを覚えているなら、その【約束】も彼女は覚えているのだろうか。


「・・・・・・困った時は必ず助けに行く、と」


「・・・・・・・・・え・・それだけ・・・?」


それがどうして、将来の約束になるのか。

てっきりもっとはっきりとした。

結婚の約束、的な言葉が出てくると思っていたのに?


「・・・・・・・それだけだ・・・・」


「・・・・・・・・・・そう」


ベットの横たわったままのルーナルドの右肩がわずかに上がってる。

動揺してる。

まだ何か話していないことがあるのだろう。

けれど、これはルーナルドにとってきっとなにより大切な思い出で。

だからこそ本人が話したがらないことを無理に聞き出そうとは思わない。


「・・・・お前がエトになってユフィを守ってくれ」


「・・・・・・は? 無理でしょう・・・」


相手がうろ覚え状態ならまだしも。

将来を約束したと言っている相手を騙せるわけがない。


なにより・・・。


「俺はあの時アッシュフォードとして生活していた。髪もお前と同じ銀に染めていたし、顔も隠していた」


10年もあれば声も見た目も変わるし、記憶だって曖昧だ。

きっと分からない。


そうルーナルドは言う。

泣きそうな顔と震えてかすれた声で。

掛布のシーツを両手で力いっぱい握りしめながら。


アッシュがエトになる。

ルーナルドの変わりにエトになってユフィの側にいる。


そんなことできるわけがない。


ユフィはきっと騙されてくれない。


なにより・・・。


そうなにより、こんな辛そうな顔で懇願するルーナルドの。

その大事な思い出を横取りなんてできるわけがない。







けれど・・・・。


ふと、心の中でほの暗い思いが横切った。


・・・・・・・もし、ユフィが騙されてくれたのなら。


ルーナルドのいうように10年もあれば人は変わる。記憶だって曖昧だ。なんとでも言い訳できる。


・・・・もしアッシュのことをエトと思ってくれたなら。


ユーフェミアは今以上にアッシュに心を許してくれるだろうか?

公爵様、ではなく今度こそ名前で呼んでくれるようになるだろうか。

アッシュのことを、特別な人として見てくれるだろうか・・・?


そうすれば、クロス家の呪いも解けるかもしれない・・。


妹と弟を助けるためならなんでもすると誓った。


必要なら、ルーナルドのいうように彼女の幼なじみを演じてみるのもありだと思ってた。


けれど・・・・・・。

そうなったら、存在をのっとられたルーナルドは・・・。


ぐらぐらと気持ちが揺れる。

誓ったのに。

クロス家を救うためにはなんでもする、と。

なのに、心の弱いアッシュには選べない。

妹弟も、ルーナルドも、そして今ではユーフェミアも。

全てが同じくらい、大事、だから。

切り捨てられない。


「・・・・・・・・少し・・・考えさせて・・・」


そう言って、なおも言い募ってくるルーナルドを相手に時間を稼ぐだけで精一杯だった。






読んでくださりありがとうございました。

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