餌
「・・・はは・・・最悪、だね・・・・・」
王女殺害計画の黒幕は、自国の王家。
その可能性を考えなかったわけじゃない。
けれど考えうる中で最悪の黒幕だ。
これではもう、和平など絶対に叶わない。
例え、黒幕を暴きユーフェミアが無事だったとしても。
王族が関わっていた以上、この国全体の過失になる。
そんな王族が君臨するこの国と和平を結びたいとは、さすがにあのユーフェミアも思わないだろう。
この国はもう、終わりだ。
例え、アルフェメラスに戦争で勝利したとしても。
そんな王家がおさめる国など長くはもたない。
「・・・そこまで腐っていたとはね・・・」
「国王が噛んでいるのか、王室の誰かの一存なのかそこまでははっきり分からないが・・・」
後の言葉は続かないが、王家が関わっているのは間違いない、とでも続くのだろう。
ユーフェミアを殺そうとしているのはハイエィシアの王家。
しかし証拠がない。
隷属魔法がかかっていると思われる護衛騎士を突き出してみたところで、王家しか知らない術式ゆえに、王家に「知らない。それは隷属魔法ではない」と言われてしまえば、それで終わりだ。
王族でありながら隷属魔法の術式を知らないルーナルドの証言だけでは弱すぎる。
もっと決定的な証拠がいる。
例えば、黒幕が真相を自ら喋るか。
それとも・・・・黒幕が暗殺を依頼した直筆の書簡が見つかる、とか・・・。
どちらにしても、そんな状況になるわけがない。
あと三週間で、和平協定を結ぶ日取りになる。
アルフェメラスの国王、もしくはその代理が協定を結ぶためにもう向こうを発っているかもしれない。
アッシュ達がユーフェミアをここに隠しておけるのもあとわずか。
このまま王家が関わっていると知りつつ、それを証言できず会談の日を迎えてしまえば。
ユーフェミアは敵の巣窟に行くようなものだ。
なんとかしなければ・・・。
しかしどうやって・・・?
「俺が、餌になろうと思う」
「・・・・・・・・は・・・・? ・・・・・え、さ・・・・・?」
えさ・・・・・?
餌とはなにを言っているんだ・・・?
「今回のやり方はかなり回りくどい。単にユフ・・・・ユーフェミアをこ・・・ころ・・したいだけなら和平を結ぶと言って誘い出してこ・・・ろせばいいだけだ」
例え言葉ででも、ユーフェミアを殺す、などと言いたくないのだろう。
めったに動かない美しい顔を歪めて、ルーナルドが話しつづける。
「なのに、それをせず時間をかけて分からないように毒殺しようとした」
そもそも、戦争に勝ちたいだけならユーフェミア一人をこんなに手間をかけて毒殺する必要はない。
将でもないユーフェミア一人殺したところで戦況は変わらないのだから。
このことから、おそらく国王はこの件には関わっていないのではないかと推測される。
であれば、王族の内の誰かの独断。
そしてその誰かは戦争に勝ちたいのではなく、単に和平を結ばれたくないだけ。
だから和平の要になるユーフェミアを和平協定までに毒殺したい。
つまり黒幕は王族の中で和平協定が結ばれては困る人物。
戦争が続いて得をする人物。
淡々と続くルーナルド言葉。
その言葉に思いあたる人物があった。
「・・・・・ギルバートか・・・」
「ああ、おそらくな」
最後まで和平を拒みつづけた、第一王子ギルバート。
金を湯水のように使い、贅沢三昧の暮らしぶり。
なのにその金の出所は不鮮明なところが多い。
王子に与えられる金だけでは賄えないほどの豪遊っぷりに、武器商人とつながっているのでは、という噂を耳にしたこともある。
和平を結ばれ戦争が終わってしまえば、武器商人は商売あがったり。
その繋がりをたたれるギルバートも金が入らなくなる。
故にとった行動が、和平を支えるユーフェミアの暗殺・・・?
理屈はあっている。
けれど、やはり証拠がない。
「やつはユーフェミアが誰かに攫われたのを知っている。そしてもし生きているとわかれば、会談までに確実にこ、ろしにくる。俺がユーフェミアを攫ったと匂わせれば必ず接触してくるはずだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・またこれだ。
ひき結ばれた口元。眉間に刻まれた深い縦ジワに、強烈な光を発する金の瞳。
この顔つきをするときは、重大な決断をし、その覚悟を決めたとき。
そこに自分の保身は一切入っていない。
「・・・・・認められない」
混み上がってくる怒りを必死で押さえ込んで。
アッシュは静かな低い声で言い放った。
そんな体で。
ベットから起き上がることもできない、そんな体でなにを言っている。
たった今死にかけたんだぞ?
まずは体を休めることが優先だろう。
「アッシュ・・。 もう時間がない」
確かにもう、会談まで日がない。
このまま手をこまねいていてはなにも解決しないだろう。
確かになにか策を講じるなければいけない時期だ。
けれどそれは、これほど弱ったルーナルドの役目ではない。
「餌がいるなら僕がなる。僕が攫ったと噂を流せばいい」
そうしてアッシュが接触してきた黒幕を捕縛すれば問題は解決だ。
アッシュとてルーナルド程ではないがそれなりに腕に覚えがある。
後れを取ったりしない、と自信もある。
「・・・・・お前ではダメだ・・・」
「・・・なぜ?」
「お前は身分的には公爵だ。王族がでてきた場合、必ず不利な状況に持ってかれる」
側室が産んだギルバートよりも正室が産んだルーナルドの方が身分的には上。
けれど王族の中で孤立しているルーナルドに助けなんてない。
不利な状況に持ってかれる可能性はルーナルドもほぼ同じ。
「・・・・・・・そんなこと────っ!」
「屋敷が襲撃されたら?リアやトーマにだって被害が及ぶかもしれない」
「・・・・・・・・・っ!!・・・・・・ここで二人を出してくるのは卑怯じゃないかな・・・」
「・・・・すまない・・・。 だがこの屋敷にはもう誰もいない。俺一人だ。誰が来ても、何があっても誰にも迷惑はかからない」
「!? お前・・・・まさかそのために使用人を辞めさせたの!?」
アッシュの問いにこちらを真っ直ぐに見つめていた金の瞳がわずかに空を見つめた。
明らかに誤魔化した。
あれはこれ以上突っ込んでほしくないときの彼の仕草。
「・・・・この、馬鹿!!何でも一人で決めて!! たまには僕を信頼して頼ったらどうなんだ!!」
この屋敷にはもう誰もいない。
それはつまりルーナルドは、もうずっと前から自分が餌になって敵をおびき出すことを決めていたということ。
自ら一番危険な役を、こんなに弱った体で引き受けようとしている。
「誰よりも信頼しているし、頼っている!」
普段穏やかで声を荒げることがないアッシュの、きつい口調に驚いたのか。
珍しく焦ったような顔つきでルーナルドが言い募る。
「どこがだよ! だいたいお前はいつもいつも・・・・・・」
「アッシュには【ユフィ】を頼みたい!」
「・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・どういうこと?」
まっすぐにルーナルドを睨みつけながら低い声で問い掛ける。
ルーナルドは、ユーフェミアを攫ってきて以来一度も。
アッシュの前でユーフェミアを【ユフィ】と呼んだことはない。
アッシュに気を使っているのか、それとも自分から一線引くと決めたのか。
どちらにせよ、必ず王女かユーフェミアと呼んでいた。
それが今、あえてユフィと呼んだ。
その意味が分からない。
「・・・・・俺がいなくなったあと・・・ユフィと・・・一緒に、いて・・やってほしい・・・」
「・・・・・・・・っ」
・・・・・・・なんて顔してるんだよ・・・。
くしゃりと歪んだルーナルドの顔。
・・・・・・・やめてくれるかな・・・。
お前がいなくなった後の話なんてこっちはしたくないんだよ・・・。
聞きたくないんだよ。
なあ、ルーナ・・・・。
頼むからそんな泣きそうな顔で、【ユフィを頼む】なんて言って強がらないでくれ・・・・。
読んでださりありがとうございました。




