隷属魔法
「・・・・・長い・・・夢を見ていた・・・」
呼吸状態も安定した。
意識も鮮明。
喀血もおさまった。
頬にも少しだけ赤みがさしてきたように思える。
どうやら先程打った薬が効いてきたらしい。
今のうちにと、血と泥でどろどろに汚れた服を着替えさせて。
寝具を整え、部屋を暖かくし。
自身もクローゼットに入っていたルーナルドの服を拝借して。
ふぅっと一息付いたところで。
ルーナルドがこちらに視線を向けることなく、どこかボンヤリした様子で話しはじめた。
「・・・長い夢?」
カーテンをひきながら問い返すと、ルーナルドが苦笑したのが気配でわかった。
「ああ・・。 死ぬ前に見るという・・・走馬灯・・だろうか?」
その答をきいて、アッシュは思い切り顔をしかめた。
「・・・・やめてよ、縁起でもない」
本当に。
冗談ではなく本当に危ない状態だった。
一つ何かが間違っていれば、最悪ここにもうルーナルドはいなかったかもしれない。
その事実にぶるっと背筋が震えた。
「幼い頃から、今日までのことを・・・ずっと夢見てた・・・」
そう、それは長い夢を見たね、と。
返事をしつつ、カーテンを引いた。
「最後に父さんの声を聞いた気がする。まだこっちにはくるなと、叱られた」
そういって、またルーナルドが苦笑するのがわかった。
珍しく今日はよく喋る。
そしてこうやって何気ない会話をできる事にアッシュはひどく安心した。
「・・・・・父さんが・・・・」
それをいうならアッシュも父の声を聞いた気がする。
よくやったな、だいじょうぶだ、と。
あれは・・・。
カーテンの隙間から、赤く輝く月が見えた。
「・・・・月が赤く輝くときは、異界とつながるっていう説もあるね・・・」
異界・・・。
死者が逝く世界がもし存在するのなら・・。
そして、それが異界と言われる場所なら・・・。
もしかしたら、父が・・・。
アッシュの父、ゲイルは息を引き取るその直前まで残される子供達のことを気にかけていた。
嫡男であるアッシュに、後は頼むと言いながら。
全てを背負わせるアッシュにすまないと何度も謝っていた。
だから、もしかしたら。
赤く月が輝くこの時に。
ふがいない自分たちの手助けに来てくれたのかもしれない。
そう思いつつ、残りのカーテンを閉めたところで。
「アッシュ・・・・・」
今までのどこかぼんやりとした感じの声ではなく。
しっかりとした声で名前を呼ばれ、アッシュは振り返った。
ベットに横たわったまま。
ルーナルドがひどく真剣な顔でこちらを見ていた。
ひき結ばれた唇。眉間に刻まれた深い縦ジワ。そして強烈な光を発する金の瞳。
見覚えのあるその顔つきに猛烈な不安を覚えた。
「・・・・・・・・ルーナ・・・。 話があるなら明日にしない?」
あの顔をするときは、決まってよくない決断をしたときだ。
目的が悪いんじゃない。
やり方が悪いのだ。
ルーナルドがこの顔をするときは、必ず重大な決断をしたときで。
そして、その決断に我が身の保身は一切入っていない。
戦争をいち早く終わらせるために軍に所属すると言った時も、そうだった。
自分たちを気遣かって、公爵邸には帰らないと意地を張っていた時も。
残酷な余命宣告を受けてもなお、治療はしないと選択した時もそう。
ユーフェミアのために、憎まれ役を一身に引き受けることになった時も。
全てあの顔つきをしていた。
嫌な予感しかしない。
ルーナルドが今なにを言おうとしているのかまでは分からないが。
体を休めることが最優先である今する話ではないはずだ。
「話があるなら、明日必ず聞くから。とにかく今は、体を休めて・・・・・・」
「ユーフェミアの殺害計画にハイエィシア王室が関わっている」
言葉を遮るように告げられたルーナルドのはっきりとした言葉に、アッシュの心臓が嫌な音を立てる。
「・・・・・・は・・・?」
ハイエィシアの王室が関わっている・・・?
ユーフェミアの毒殺計画に・・・・?
まさか・・・
和平を結ぶふりをして裏で要となる王女を毒殺しようとしていたのか・・・?
もともとこの戦争は我が国の王族に絶対的な非があるというのに?
にもかかわらず、またあの国の王女を殺すのか・・・?
そんなことになったら、今度こそどちらかの国が滅ぶまで戦争は終わらない。
ようやく長く続く戦いの終わりが、和平という最高の形で実現しそうなこの時に。
そんなことをしてなにになるのか・・・。
「根拠は・・・・・? ・・・あるんだろう?」
ルーナルドはこれほど大事なことを憶測だけで言わない。
そう思うだけの、確かな判断材料があったのだろう。
「ユーフェミアに付いていた護衛騎士を問いただした」
「ああ」
そのことについては最初からそのつもりだったし、実際にルーナルドが問いただしている現場を見たから知っている。
・・・・・・まあ、問いただす、という言葉では足りないほどに過激な方法だったが・・。
あの日。
ユーフェミアを攫った日に、護衛騎士もすべて捕縛した。
その上で、騎士全員の素性を調べ上げ、怪しい人間を割り出し、ルーナルドに伝えたのはアッシュだ。
アッシュがなにを言っても、自分が自ら問いただすといって聞かず。
結果ルーナルド自らが毎夜、護衛騎士から情報を得ようとしていたわけだが・・・。
「何かしゃべったの?」
数日前に聞いたときは、収穫はゼロだと言っていた。
「・・・いいや。 どいつも口を割らない」
「じゃあ・・・」
なぜそれが王室とつながるのか・・・。
「ありとあらゆる手を尽くしても口を割らなかった」
・・・・・ありとあらゆる手、ね。
ルーナルドは目的のためなら手段を選ばないところがある。
そのルーナルドがそういうのなら、本当にあらゆる手を使ったのだろう。
口では言えないような暴力的なことから。
魔法を用いた秘術的なことまで。
そのうえで、それでも情報が一切得られない。
・・・・・・・・そんなことがありえるだろうか・・・・?
余程忠誠心が高いか、それとも・・・。
「奴らから、俺を殺しに来た暗殺者と同じ魔術波を感じる」
同じ魔術波・・・・?
つまり、同じ魔法がかかっているということ・・・?
ルーナルドを殺しに来た暗殺者と・・・?
それはつまり・・・。
「隷属魔法だ」
「!! まさか!」
隷属魔法の術式はハイエィシア王家の人間しか知らない。
逆にいえば、隷属魔法が使われているとなった時点で、王家の関与は間違いない。
似た魔法も生み出されているかも知れないが、我が国最強の魔術師であるルーナルドが【同じ】と断言するのなら、それは間違いなく王家のみが扱える隷属魔法なのだろう。
伝えられた衝撃的な事実にアッシュは目の前が暗くなる程の絶望感に襲われた。
長くなったのでここで切ります。
読んでくださりありがとうございました。




