表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/153

父からの啓示

皆様お忘れかと思いますが、アッシュの本名はアッシュフォード クロスです。


「・・・・・・・・なに、これ・・・・」


意識を失ったままピクリとも動かないルーナルドを、なんとか馬にのせたアッシュは。

数秒迷った末、進路を公爵邸ではなくルーナルドの主家に向けた。

そちらの方がここから近いし、なにより公爵家の医者が初めて診るより、いつもルーナルドの体調を見ている医者に診せたほうがより迅速に処置できるだろう。

事は一刻を争う。

少しでも早く、少しでも適切な処置を。


そう思ったのに。


ルーナルドの屋敷に着いたアッシュは愕然としてその場に立ち尽くした。

主人を出迎えるための明かりも灯されていない。

来訪を告げる鐘を鳴らしているのに、誰も出迎えに来ない。

それどころか、人の気配すらなく屋敷全体が静まり返っている。


なぜ・・・?


最初は廃屋のような屋敷で使用人など一人もいなかったが、すぐに改装させ公爵家からも信頼できる人間を何人も紹介したのに。

この前来たときは、ちゃんと屋敷は綺麗に整えられ見知った顔の使用人が何人もいたのに。

なぜ、誰もいないのか。


まさか・・・・・。


ちらりと背中に背負ったルーナルドに視線を向けた。


辞めさせたのか、全員・・・・?


それとも、休職させたのか・・。


どちらにしても、ルーナルドの事だから、気に入らないから、等という暴力的な理由などではおそらくなく。

もう先のない自分に仕える必要はない、と。

そう思って円満退職、もしくは休職をやや強引に進めたのだろう。

次の就職先に困らないように一人一人紹介状を書いて、退職金も惜しみ無く払って・・。

そんな様子が容易に思い浮かぶ。


「馬鹿だよ、お前は」


人離れした美貌に、ほとんど動くことのない表情のせいでとても冷たく恐ろしい人間だと思われがちだが。

実際はそうじゃない。

ルーナルドほど気遣いができて、優しい人間をアッシュは知らない。

ただ、いつもいつも突き抜けて不器用なだけで。


「ゴホ」


ルーナルドが吐いた大量の血がアッシュの肩を濡らす。


「ルーナ!! くそ!」


背負っているからこそ分かる。

もともと冷たかった身体が更に氷のように冷たくなってきている。

背中に感じていた呼吸音が、もう感じ取れないほど弱々しい。

ずっと聞こえていた喉を鳴らすヒューっという苦しそうな音まで、今はほとんど聞こえない。


もう時間はない。


一刻も早く休ませて、適切な治療を施さなければ。

けれど医者はおろか、使用人が誰一人としていないこの屋敷では満足な治療などできない。

素人のアッシュ一人で、一体どれほどのことができるのか。


最初から公爵邸に向かっていれば。

ここから公爵邸は逆方向。

今から向かったところで、とてもそこまでもつとは思えない。

完全にアッシュの判断ミスだ。


「ゴホゴホ」


「ルーナ! ルーナしっかりしろ! 僕が・・・・兄さんが必ず助けるから!」


そうだ、しっかりしろ!

僕がこんなことでどうする。

冷静になれ。


アッシュは自分に叱咤激励し、乱れた思考を必死で落ち着かせた。


もう一度馬にのせて公爵邸に向かえば医者も使用人もいる。

けれど、馬での移動は弱ったルーナルドの体には相当負担がかかる。

そこまでルーナルドの体力がもつとは思えない。

であれば、アッシュが。

この屋敷で。

一人でも治療をしなければ。

大事な親友であり弟のために。

できない、わからない、等と弱音を吐いてみすみす失うわけにはいかない。


「ルーナがんばれ。 もう少しだけ頑張れ、兄さんが必ず助けるから」


アッシュは背中に背負ったルーナルドを丁寧に担ぎ直し。

明かりも灯っていない静まり返った屋敷に足を踏み入れた。



以前来たときに通されたことがあるルーナルドの私室。

魔法で一気にランタンの火を灯し、記憶を頼りにその部屋へと向かう。


二階。

階段から3つめの部屋。

確かここだった。

そう思い、ドアノブに手をかけて引き開ける。

ここも魔法を飛ばしてランタンに火を入れて。


そしてアッシュは愕然とその場に立ち尽くした。


整えられてもいないぐちゃぐちゃな寝具。

枕元に捨ててあるいくつもの薬包。

そして、部屋の隅にある血だらけの手ぬぐいと寝衣。


「・・・・・・・・・・・っ!」


毎夜喀血していたのか?

それもあんなに大量に・・・?

なのに、世話をしてくれる人間もおらずたった一人で堪えて・・・?


アッシュはほぼ毎日顔を合わせていたのに。

なんともない、というルーナルドのその言葉を真に受けて。

あれほど気をつけて見ていかなければと思っていながら。

また気づいてやる事もできなかった。


「・・・・ルーナ、ごめん・・・。 ・・・ごめん・・・ルーナ・・・」


ふがいない兄でごめん。

気づいてやれなくてごめん。

謝るから。

何度でも謝るから、まだ。

まだ逝くな。


肩に背負っていたルーナルドをベットに丁寧に寝かし、薬を探す。

すぐにナイトテーブルの引き出しからいくつもの包みが見つかった。

枕元に捨ててあるものと同じ。

きっと薬はこれで間違いない。

けれど喀血を繰り返している今のルーナルドにこれが飲み込めるとは思えない。

それに、経口摂取では効いてくるまで時間がかかりすぎる。

もっと・・・。

もっと何か・・・。

そう思って視線を巡らせたところで。

テーブルの上に並べられた、いくつもの注射器と小さな薬瓶が目に付いた。


注射!


まだこの国ではあまり浸透していない技術だが、針で薬を直接身体に入れるという方法がある。

特殊な技術がいるし、打つ場所もある程度決まっているらしい。

なにも知らない素人が簡単にできるものじゃない。

けれど、アッシュはそれを使うところを何度か見たことがある。

父が。

長く患った父が、使うところを何度か見た。

どうやって使うのか、と。

なにげなく聞いたことがあった。

だから分かる。

薬の詰め方も、適切な穿刺場所も。


「・・・・父さん・・。 父さん、父さん。 まだルーナを連れて行かないで」


焦りと恐怖でどうしても震える手を叱咤して。

丁寧に薬を詰めていく。

そして出来上がったそれを、ぐったりと眠ったままのルーナルドの左腕に突き入れた。

逆血がないことを確認し、ゆっくりと慎重に。

ルーナルドの顔色を見ながら薬液を注入していく。

全ての液を注入し終えたら、素早く針を引き抜いた。


「頼む、ルーナ。 戻ってこい、まだ逝くな。頼む」


氷のように冷たい手を握りしめ、呼びかけつづける。

以前続く弱々しい呼吸音。

真っ白な顔色に、紫色に変じた唇。

固く閉じたままの瞳。

効果があったようにはとても思えない。


効いてないのか・・・・・?


打つべき薬が違う・・?


もっと別の薬があるのか?


それとももう一回同じ薬を打つべき?


そう思って、立ち上がったとき。


【大丈夫だよ、アッシュフォード。よくやったね。これでいい】


ふと、声が聞こえた気がした。

ふわりと漂う懐かしい気配。

これは・・・・・。

この、声は・・・。


「父さん・・・・・?」


呟いた瞬間、ルーナルドが身動きした。

ドキリと心臓が跳ね上がる。


「ルーナ!?」


慌てて顔を覗き込んだ。

未だ目は閉じられたまま。

けれど先程までと比べ、明らかに呼吸がゆっくりと深くなっている。

紫色だった唇も、少しだけ赤みがさして来たように思える。


「ルーナ! ルーナ! ルーナルド!! しっかりしろ! ルーナルド!!」


必死で何度も名前を呼んだ。


まだ逝くな、帰ってこい。


何度も何度も祈りながら呼びかけて。


やがて、その美しい形の眉がわずかに寄った。


反応があった。


「ルーナ! ルーナルド!!」


もう一度強く呼びかけた。


その声に答えるように、瞳がゆっくりと開かれて。


美しい金色の瞳がアッシュを見た。


生きる力を失っていないその瞳を見た瞬間、アッシュの体から力が抜けた。


「ルーナ・・・・・よかった・・・・」


へたりと情けなくもその場に座り込んだ。


「心配かけさせて! 腰が抜けちゃったじゃないか、馬鹿弟!!」


腰が抜けて座り込むなど、大変な失態だが・・・・・。


それでも大事な弟が助かったのならどうでもいい。


事態を良く飲み込めていないのか、珍しく戸惑いの表情を浮かべながらも「迷惑をかけた」などと謝罪する弟を。

アッシュは涙を浮かべながら強く抱き締めた。








アッシュは、ルーナのことをずっと気にかけていましたが、領地経営と、妹弟の世話も自らしているため、超多忙でした。

読んでくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ