血狂いの凶行
残酷な描写があります。
お気をつけ下さい。
カツンカツンと、分厚い壁に反射して幾重にも靴音が響き渡る。
薄暗く、かび臭い。湿度は高いのに底冷えする長い廊下を、フードを目深に被った男がゆっくりと通りすぎていく。
男が向かう先から絶え間無く聞こえてくるのは、耳を覆いたくなるほどの悲鳴、絶叫、そして必死で助けをこう憐れな声。
それを聞き、男は小さく息を吐き出した。
「まだやっているのか・・・・」
毎夜、ほんとによくやる。
そんな体力がどこにあるのか・・・。
そう思いつつ、曲がり角を曲がり。
男は言葉を失った。
鉄格子がはめられた岩肌がまる見えになった地下牢。
そこに吊された幾人もの人間。
全員両手両足を太い鎖で繋がれているが、おそらくそれほど過剰な拘束の必要などどこにもない。
なぜなら、全員の両足、そして両腕が絶対に向いてはいけない方向にねじ曲がっているのだから。
「やりすぎ・・・じゃないかなぁ・・・・」
そう思わず呟いてしまう程、そこは異常だった。
絶え間無く聞こえて来る悲鳴。
部屋一面に飛び散った血痕。
ひどい拷問を受けつづけた人間独特の、死んだような目と荒い息遣い。
嘔吐物と、排泄物、そして血の臭いが交じった強烈な異臭。
五感全てに訴えられる異常性と凶暴性。
これはさすがに・・・・。
「・・・・・・・やりすぎだよ、ルーナ」
フードを被った男がため息混じりに声をかけると、薄暗いその地下牢の中で一人だけ立っていた男がゆっくりと顔をこちらに向けた。
興奮しているのか、ぎらぎらと獣のように輝く金色の瞳。
返り血をあちこちにつけた雪のように白い頬。
神様の最高傑作といってもおかしくないほどの美貌を持った男、ルーナルドが悪魔のように冷たい表情を浮かべてそこに立っていた。
「これ以上やったら死んでしまうよ」
「ちゃんと加減している」
「いや、全然加減できてないでしょ、これ・・・」
明らかにやり過ぎでしょ、と呆れたように遠回しに責めれば、ルーナルドは不愉快そうに眉を寄せた。
「まだ目的を達成できていない」
「・・・うん、そうだろうね。君のその様子を見ればわかるよ。だけどこれ以上やると皆死んでしまうよ」
ぴしゃりと言い放てば、ルーナルドは渋々といった様子で持っていた剣を腰元の鞘へと納めた。
どうやら自分でもやり過ぎた自覚はあったらしい。
全く、目的のためなら手段を選ばないところは昔から少しも変わっていない。
「それより、準備はできたのか?」
じろっと探るように睨まれて、フードを被った男は「うん」と短く言葉を返した。
問われたのは、今から行うある計画の話。
極めて成功率の低い、命をかけた賭け。
肯定はしたものの、正直気が進まない。
こんなやり方をしなくてももっと穏便な、もっといいやり方があるのではないか。
特に、このやり方ではルーナルドが。
ルーナルドだけが・・・・。
「本当にこのやり方でいいの?」
「何度も言わせるな。これが一番うまくいく方法だ」
「だけど・・・・」
「いいからお前は、お前とお前の妹弟を守ることだけを考えろ」
話は終いだ、と一言呟いて。
ルーナルドは壁にかけてあった外套を羽織り始める。
言葉通り、これ以上話しかけるなと拒絶のオーラを放つルーナルドをじっと見つめる。
返り血まみれの顔。
返り血まみれの体。
そしてその背後には血まみれの人間の山。
「なんだ・・?」
「・・・・・・・ひどい有様だね・・・・」
男の言葉に一瞬だけ怪訝そうな顔をしたルーナルドだが。
すぐに何をいわれたのか正しく理解したらしく、楽しそうに口角を押し上げて壮絶なまでに美しい顔でにったりと笑った。
「ああ、なんせ俺は、血狂いの第二王子だからな」
そうして、ルーナルドはフードの男に一瞥もくれずに牢屋から出て行った。
残されたのは、一目でひどい拷問を受けつづけたとわかる、今にも死にそうな息遣いの男たち。
彼らが身につけているのは、あちこち破れ血でどろどろになった服一枚のみ。
そしてそれはよく見れば皆同じデザインなのがわかる。
元は真っ白だっだろう騎士服。
白はどこの国でも近衛が着る色。
そしてその服の右腕に刺繍された紋。
大きな鷲と太陽を思わせる日輪。
戦場で何度も目にしたアルフェメラス王国の国章。
「・・・・こいつらに必要最低限の手当を。まだ死なれちゃ困るからね」
自分の後ろを音もなく付き従っていた従者達にむけて。
フードの男は抑揚のない声で命じた。