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駆け巡る走馬灯15

アッシュと共に、和平の道を探りつづけた。

そうでなくても国は長く続く戦で疲弊している。

もううんざりだ、と。

自分の代でなんとしても戦争を終らせたいと思っているまともな貴族連中をアッシュが説得し。

戦など人事だと。

自分に被害がなければそれで構わない。

むしろ戦を楽しんでいるような屑は、俺が力付くで従わせた。

なんとそういう輩の多いことか・・・。


最後まで抵抗していたのが、第一王子とその一派だったが。

俺が軍をやめた途端戦況がひっくり返ったらしい。

落とした砦を全て奪い返され、逆に追い詰められる状況になったことで。

やっと国王が決断した。

アルフェメラスと和平を結ぶ、と。


和平実現はもうすぐだ・・・。

ユフィ・・・。

こんな俺でも少しは君の力になれただろうか・・・。


和平協定の日取りも決まり、後はその実現にむけて話を詰めるだけ。

その段階になって、ありえない話を聞いた。

ユフィが。

俺の大事なユフィが、毒を盛られている、と。


まさか、と思った。

そんなわけはない。

ユフィが。

誰からも愛されるような彼女がそんな目にあっているわけがない。


けれど、数日後にもたらされた密偵からの報告は、俺にとって最悪のものだった。

なんとかしなければ。

困ったときは助けに行くと約束した。

今すぐにでも・・・・。


そう思ったとき。


俺の体の中で何かが爆発した。

身体を突き抜ける激痛。

混み上がる強烈な吐き気にたまらず吐き出せば、床一面が赤く染まった。

何度も何度も血を吐いた。

吐き出す度に、身体の中から力が抜けて行くのが分かる。

アッシュが血相を変えて駆け寄ってきてくれるのが見えた。

けれどそれを最後に。

俺の視界はゆっくりと狭まり、やがて暗転した。


早ければ三ヶ月。

よくて半年。

奇跡が起きても一年はもたない。


目を覚ました俺に医者が告げた言葉がそれだった。


衝撃はなかった。

身体が壊れるような生活をずっと続けた自覚はある。

他人の命を奪いつづけた。

その報いを受けるときがきただけ。


・・・・・だから、アッシュ・・・。

・・兄さん・・・。

俺なんかのためにそんなに泣かなくてもいい。


俺の心はずっと冷静だった。

言葉を濁したりせず、現状をはっきりと伝えてくれた医師には感謝しかない。

何も知らないまま時間を無駄にしなくて済む。

きちんと自分の残り時間を把握できたのは、むしろありがたかった。


早ければ三ヶ月。


逆にいえば三ヶ月はもつ。

三ヶ月あれば、和平協定を結ぶその日を見届けることができるかもしれない。

ユフィをその日まで守ることができる。


そこまで思って。

俺はようやく現実を理解した。


三ヶ月はユフィを守れる。


・・・・・・けれど、そのあとは・・・・?


ユフィに害意を持ってるのが誰なのか判明していない。

もし、三ヶ月でその誰かを見つけられなかったら?

その後ユフィはどうなる?


俺にはもう時間がない。

後三ヶ月しかユフィの側にいられない。

俺がユフィにしてやれることなんてもうたかが知れている・・・。


自分の命が尽きることよりも、その事実の方が余程悲しかった。


そうして考えた末。

俺は、ユフィを攫うことに決めた。

アッシュは「王女が奴隷落ちするわけがない」「お前だけが悪者になるのはダメだ」と全力で反対していたが。

大丈夫だ、ユフィはどんな状況でも絶対に諦めたりしない。 必ず生きる道を選択する。

それに俺はどうせもう、悪評まみれだ。

今更どうということはない。


それよりもただ、残された時間をユフィとすごしたい・・・。


屋敷に程近いところにあった、攻めにくく守りやすい空き家を偽名を使って買い取り住みやすいように整える。

アッシュとは、領地運営が落ちつきしだい合流してもらう事で話が付いた。

後はユフィを安全にこちら側に誘い出すだけ。


ハイエィシア王室の印を押した書簡をだし、国には知られないようにユフィを誘い出した。


アルフェメラスには、ユフィはハイエィシアで快適に過ごしている、と。

ハイエィシアには、ユフィは自国にいると。

二国の情報操作を徹底して行った。

誘拐現場、その目撃者はゼロ。

事実は誰にも知られていない。


けれど、ユフィに毒を盛っていた連中にはわかっているはずだ。

連絡が取れないのだから。




三ヶ月間、ユフィを攫い、囲う。

これほどいいやり方はなかったと今でも思っている。

俺が正気でいる限り、ユフィの身の安全は保たれる。

アッシュも、呪いを解けるとされているユフィの近くで親交を深めることができる。

優しいあいつは、状況を利用するようなこんなやり方には気が進まないようだが。

大丈夫だ、あいつを知ればどんな女だって惚れるに決まっている。

そしてアッシュならユフィを大事にしてくれる。





ユフィと共に過ごすようになって二ヶ月。

思惑通り、アッシュとユフィは順調に友好関係を築いていく。

楽しそうに二人で畑仕事をしたり。

雑談に花を咲かせたり。

先日など、あのアッシュが手作りの菓子を持ってきていた。

ああ、アッシュが使った珍しい魔法にユフィがすごい形相で食いついて。

あろう事か押し倒す、という場面もあったか・・。

・・・・・・魔法オタクは今も健在らしい・・。


二人の関係はいたって良好。

恋愛関係に発展するのは時間の問題だろう。

事実、ユフィをみつめるアッシュの目は随分前から明らかに熱を帯びている。

ユフィと話す声も俺が聞いたことがないほど甘いし、表情も柔らかい。

本人は決して認めないが、あれはもう落ちていると思っていい。


問題はユフィの方だが・・・。

相変わらずマイペースで何を考えているのか掴みにくい。

けれど、アッシュに悪印象は持っていないはずだ。


・・・・楽しそうな笑い声が毎日のように聞こえる。

時には、冗談のように二人で軽い言い合いをしているのも見かける。

真剣な顔で、今後の二国について話し合っているのも見た。


俺は、そんな二人の会話をただ横で聞いているだけ。

二人の距離がどんどん近づいて行くのを。

興味ない顔をして、見ているだけ。


・・・・・・・これで安心だ。

俺も、そんな二人を見て幸せだ。


幸せなはずだ・・・・。


なのに、なぜこんなに胸が締め付けられるのか。

なぜこんなに苦しいのか。

どうせ俺にはもう時間はない。

いまさら何かを望むなんて間違っている。


なのに、俺は・・・・こんなにも・・・・っ!!


「わたしには将来を約束した殿方がいます」


名前はエトさまです。


告白の返事を迫るアッシュに、ユフィがまっすぐに告げた言葉。


「・・・・・・・・・・・・っ!!」


ユフィ・・・・。

ユフィ・・。

ユフィ。

・・・ああ、ユフィ。

俺がこの時どれほど嬉しかったか。

そのほんの100分の一でもいいから、君に伝えられたらいいのに。


あんな幼い頃、たった2ヶ月一緒にいただけだった。

特別なことなどなにもしていない。

ただ一緒に過ごしただけだった。

陰気で頼りなくて、なにも知らずになにも持っていない。

君が出会ってきた多くの人間の中で、取るに足らないつまらないガキだったはずなのに。

なのに君はそんな俺をいまだに覚えていてくれて。

俺と同じように大事に思ってくれていた。


俺が・・。

俺がこの時どれほど嬉しかったか。


【ねえ、エト?】


君は今も俺を覚えていてくれて。

最後にしたあの約束を守ろうとしてくれている。


【もし世界が平和になったら、ずっとわたしと一緒にいて、世界を回ってくれる?】


でもすまない。

俺にはもう、時間がないんだ。

最後にしたその【約束】だけは俺には守れそうにない・・・。

だから君には名乗れない。

いくら君が覚えていてくれても、もう先のない俺には名乗る資格がない。

けれど必ず君のことは守るから。

だから君だけでもどうか幸せになってほしい・・・。








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