駆け巡る走馬灯10
毎夜のように暗殺者を放っておいて、無事帰還すれば素知らぬ顔で戦果を褒めたたえる。
さすがは我が息子、我が兄弟だ、と。
一段高いところから。
俺を嬉しそうに見下しては、己の地位の安泰を喜ぶ。
少しも笑っていないギラギラした目に、油でギトギトの顔の父。
戦時中でどこも食糧難であるにも関わらず、ぶくぶくに太った兄。
目が痛いほどの宝石でごてごてに着飾った王妃達。
他人任せで、剣を握ったこともないような細腕の弟。
本当にヘドがでる。
こんな奴らに殺されるのだけは絶対に我慢ならなかった。
そうして意地で生き抜いて、数ヶ月たったころ。
褒美の一つだと言って頼んでもいないのに屋敷と領土をもらった。
大方、総大将である俺に何も褒美を与えないのは外聞が悪いとでも思ったのだろう。
使用人など誰もいない廃屋のような屋敷。
歓迎するどころか、俺に嫌悪感しか抱いていない領民。
特産物などなにもない、痩せて作物の育たない領土。
いったいどうしろというのか。
せめて宝石や金品であれば、クロス家に少ないながらも恩返しとして渡すことも出来たのに。
けれど、誰もいない屋敷は考えようによっては好都合だった。
最近では、戦場から帰還してもクロス家に帰ることは少なくなっていた。
いつ襲撃を受けるかもわからない身だ。
誰に毒を盛られるかもわからない。
そんな俺があの家に行けるわけもない。
それでなくても、母の腹には今新しい命が宿っている。もうすぐ臨月のはずだ。
父もここ最近体調を崩し気味だと聞いている。
大事な時期だ。
俺が行って、誰かに危害が及ぶことだけは絶対に避けなければいけない。
その日から俺はクロス家に帰ることをやめ、押し付けられた廃屋のような屋敷に寝起きするようになった。
パッタリと姿を見せなくなった薄情な俺に。
何通も手紙が届いた。
多いときは一日に3通も。
元気にしているのか。
食事はきちんと出来ているのか。
最近嫌な噂を聞く。
とても心配している。
一度顔を見せてほしい。
どうか帰ってきてほしい。
愛している。
愛しているよ、と。
クロス家の筆頭執事が手紙を持ってきた時もあったし、アッシュとリアがわざわざ届けに来たときもあった。
何度手紙をもらっても。
アッシュやリアがわざわざ会いに来てくれても。
どれほど一度顔を見せてくれと言われても。
俺は頑なに拒みつづけた。
俺のせいでなにかあったら、そう思うと身動きが取れなかった。
そのかわりに何通も手紙を返した。
大丈夫だ。
何も心配することはない。
元気にしているし、食事もきちんとしている。
噂は噂だ、何も気にすることはない。
それよりも、体を大事にして欲しい。
弟か妹が無事に生まれることを心から祈っている。
父の体調が回復することを心から祈っている。
愛しているよ、と。
見舞いの品を見繕っては、いくつも手紙に添えた。
身重の体にいい果物。
滋養強壮効果のある酒。
母が好きだった花に、年頃になったリアには流行りのドレス。
生まれてくる赤子用の服やおくるみ。
考えつく限りのものを送った。
けれど・・・・・・。
そんな品物よりも。
どうしてあの時顔を見せに行かなかったのか・・・。
あれほど帰ってきてほしいと言われたのに。
あれほどアッシュが迎えに来てくれたのに。
なぜ俺は二人の顔を、見に行かなかったのか・・・。
何十通も手紙を書くよりも。
どんな品物を送るよりも。
俺の顔が見たいとただ願ってくれた二人に。
どうして会いに行かなかったのか・・・。
もう二度と会えなくなるとわかっていれば。
どんな無理をしてでも会いに行ったのに・・・。
馬鹿な自分がほとほと嫌になる・・・・。
父さん・・・・。
母さん・・・・。
親不孝な息子でごめん・・・・。
読んでくださりありがとうございました。
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