駆け巡る走馬灯7
日の暮れかった時間。
辺り一面に咲き乱れる花畑。
子供ながらにシチュエーションは完璧。
後は、内ポケットにしまってある指輪を渡すだけ。
何と言って渡そうか?
ただ渡すだけじゃなく、気の利いた言葉の一つでも贈りたい。
これ、プレゼント・・・?
だめだ、愛想がなさすぎる。
ユフィに似合うと思って・・・?
うん、確かにそうだけどなにか違う。
・・・・・・そうだ、約束の証に、っていうのはどうだろう?
これからもずっと仲良しでいる【約束の証】。
うん、それがいい。
「ユフ・・・・・」
「エト。 わたしね・・。 明日・・家に帰ることになったの・・・」
完全に浮かれていた俺に。
ユフィは泣きそうな顔で突然に告げた。
いつもより口数が随分と少ないなとは思っていた。
明らかに元気がなかったし、なんなら会ったときから泣きそうな顔してたのに。
なのに当時の未熟な俺は自分の気持ちがいっぱい過ぎて、そんなユフィを気遣うこともできなかった。
「・・・・・・・・は・・・・?」
イエニカエル・・・?
ユフィはどこかの国の訳あり貴族で。
俺だってゲイル・・・父に連れられてこの国を訪れている訳あり貴族で。
帰るべき場所はそれぞれ別にあって・・。
そんな二人だからいつかは必ず別れが来るのに。
その時まで俺は、ユフィと別れる時が来るなんて考えてもいなかった。
子供心に・・・。
ずっとずっと一緒にいたいと、本気で思っていたんだ・・・。
だから、ユフィの言葉の意味がどうしても理解できなくて。
「・・・へえ・・・そうなんだ?」
曖昧な笑みを浮かべながら、言葉を必死で返した。
アシタイエニカエル・・・?
あした・・・いえに、かえる・・?
言葉は理解できる。
なのにどうしても意味が理解できない。
・・・・理解、したくない。
「エト・・・。 エト、わたしのこと忘れないでね・・・?」
・・・・・・ユフィがまた泣いてる。
あんなに口が達者で小生意気なのに・・。
彼女はすごく泣き虫だ。
カエルが顔に引っ付いたと言っては泣いて。
足元をよく見ずに歩いて、転んではまた泣く。
少しからかっただけでも、涙をいっぱいにためてた。
頬をぷっくりと膨らませて恨めしそうな顔でこちらを見る顔が俺は大好きで・・・・。
「ユフィ・・・・ユフィ泣かないで・・・」
でもやっぱり楽しそうにわらってる顔が一番好きなんだ。
・・・・だから、泣かないで欲しい。
アシタイエニカエル。
明日家に帰る。
うん、理解した。
ユフィが泣きながら別れをおしんでくれてるのに、一人現実逃避して理解しないわけにはいかない。
「大丈夫、僕は絶対ユフィを忘れたりしない」
誓って言える。
俺の人生をまるごと変えてくれた君を。
俺が忘れる訳がない
「ユフィこそ・・・。 ・・・・僕のこと忘れないでね・・・?」
君に忘れられるのがなによりも怖かった。
君は俺なんかと違って、誰からも愛されるべき人だから。
だからたった2ヶ月一緒にいただけの陰気な俺のことなんか、あっという間に忘れてしまう気がした。
「大丈夫、忘れないよ。わたし記憶力は抜群なんだから」
へへっと泣きながらユフィが笑う。
夕日の赤い光に照らされた、その顔が。
こんな時なのに。
・・・こんな時だから、か。
かわいいと、心から思う。
波打つディープゴールドの髪。
宝石のような綺麗な緑色の瞳。
ふっくらとした白い頬に、少し小さめの可愛らしい口。
貧弱な自分の腕の中にさえすっぽりとおさまってしまう小さな体。
・・・・・ああちゃんと覚えておきたいのに・・・。
視界がぼやける。
「・・・・これをあげる。【約束の証】」
「・・・え? うわぁ・・・綺麗なゆびわぁ」
うん、君に似合うと思って買ったんだ。
きっとまだぶかぶかで君のどの指にもあわないだろうけど・・・。
「・・・うん、僕の大事な宝物のユフィにあげる。・・・・だから絶対に覚えていてね、僕のこと。【約束】ね?」
「うん、【約束】ね、エト!」
ユフィ・・・・・・。
ユフィ・・・・。
ユフィ。
忘れてないよ・・。
死にたいと言った馬鹿な俺を叱り飛ばしてくれた。
負けないで、死なないで、と一緒になって泣いてくれた。
どこにいても必ず見つけだしてくれて。
毎日毎日会いに来てくれた。
君の存在にどれだけ救われたことだろう。
泣き虫で、口が達者で、小生意気で。
・・・・・ああ、ずっと大好きだよ・・・。
だから・・・・・。
「君が困ったときには必ず助けに行くから」
「え・・・?」
「絶対に絶対に、助けに行く。【約束】する」
「・・・・・・うん。 じゃあ、お互いが大変なときは必ずお互いを助ける。【約束】ね?」
こんな時でさえ君は、一方的に助けられてはくれないんだな・・・・。
本当に小生意気で、素直じゃなくて・・。
そんな君と本当はずっと一緒にいたかった。
「・・・・・うん。【約束】だね、ユフィ」
これが本当に一緒にいられる最後の日だと思うと、視界がどうしてもぼやけた。
お互いにしばらく沈黙が続いて・・・・。
「ねぇ、エト?」
ユフィが俺をみて笑う。
また頬が涙で濡れたままだったけど。
いつもより少しだけ大人びた綺麗な顔で笑ったユフィはそのあと・・・・。
「──────────────────・・・る? 【約束】、よ。エト」
「うん・・・・。 【約束】する・・・・」
・・・・確かに俺はこの日いくつもの約束をユフィとかわした。
けれど最後のその【約束】だけはどうしても守れそうにないんだ・・・。
・・・・・すまない、ユフィ・・・。




