駆け巡る走馬灯6
走馬灯が長いですね、すいません。
21年分ですのでもう少しお付き合いください。
どうやらユフィも俺と同じように【訳あり貴族】らしくここの夫婦に世話になっているらしい。
訳ありの訳、を詮索するのはタブー。
だから互いのことなんて何も知らない。
けれどそれで十分だった。
ユフィは必ず一日一回は俺の前に姿を現した。
朝早くだったり、昼過ぎだったり、日がくれた後ということもあった。
とにかく神出鬼没で。
俺がどこに隠れていようと必ず見つけだしては側にいてくれた。
いつしか俺は人から隠れるためじゃなく、ユフィに見つめてもらうために見つかりにくい場所を探しては隠れていたように思う。
「みぃつけた!」
そう言って、どれほど狭くてわかりいにくい場所にいてもユフィは必ず見つけだしてくれる。
それが、嬉しくて幸せで仕方がなかった。
ある日、今更だけど、と名前を聞かれた。
本当に今更だと思った。
もう出会って一週間も経っていたのに。
自分にどれほど興味がないのかと少しへこんでいたところだったから、名を聞かれただけで嬉しかった。
けれど、いざ名乗る、というときになって躊躇した。
自分は今アッシュフォードとしてここに世話になっている。
でも、なぜだかユフィにアッシュと呼ばれるのは嫌だった。
では、ルーナルド、と?
けれど身分は隠せと言われている。
なにより、忌むべきレオナルドを捩ったような、ルーナルドという名が俺は好きではなかった。
「名前は・・・・えと・・・」
言いよどんだだけだった。
けれどユフィはそれを俺の名前だと勘違いした。
「エト・・・? エトね!」
天然だと思った。
誰が聞いても、言いよどんだだけだとわかりそうなものなのに。
なのに彼女は、言いよどんででただけの言葉を俺の名だと認識し、嬉しそうに顔を綻ばせて何度も呼んだ。
嬉しかった。
他人の名前でもなく、嫌いな本名でもなく。
ユフィがつけてくれた俺の名前を彼女だけが呼ぶ。
それがこの上なく幸せだった。
ユフィと出会って一ヶ月がたった頃。
ゲイルに、半ば無理矢理町に買い物に連れていかれた。
こんな時間があったらユフィと共に過ごしたいのに。
いらないと首を振っているのに何着も服を仕立てられ、必要ないと首を振ったのに装飾品をいくつも用立ててくれた。
採寸、デザイン選び、生地選び、そしてそれにあった装飾品。
正直体力を使う。
終わった頃にはぐったりとしていて。
なぜだか上機嫌のゲイルの後ろについて歩いていた。
そのとき。
何気なく視線を向けた、その先にあった露店。
そこに飾られていた指輪に、俺の心は一瞬で惹かれた。
ユフィの瞳と同じ緑色の宝石。
俺の瞳の色と同じゴールドの台座。
とても繊細な細工で、品が良くて、とても綺麗だった。
「うん・・・? それが気に入ったのかい?」
無意識に走り寄って食い入るようにみていた俺に、ゲイルがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「誰かそれを贈りたい大事な人でもできたのかな?」
からかうような軽い口調。
きっとゲイルにしてみれば冗談のつもりだったのだろう。
けれど、図星だった。
この指輪をみたとたん浮かんだのはユフィの顔で。
思ったのは、あれをユフィに贈りたいという純粋な思いだった。
かっと頬が熱くなる。
耳まで赤くなっていくのが自分でもわかった。
「へ・・・・? まさか本当に・・・・?」
「・・・・・・・・・・・」
今まで見せたことがない俺の過剰な反応に、ゲイルが目を丸くしているのが見なくてもわかった。
しばらく探るように俺をみていたゲイルは。
何もいわずに俺が見ていた指輪を手に取った。
「この指輪で間違いない?」
懐から財布を取り出して。
何もいわずに買ってくれようとしている。
ただ俺のために。
けれど、それでは俺の気が済まなかった。
ただ欲しいとせがんで、誰かに金を出させて手に入れた。
そんなものをユフィに贈りたいんじゃない。
それに・・・。
何も話さずに金だけ出させるなんてそんな扱いをゲイルに・・・大事な父にしたくなかった。
だから俺は・・・・。
「お・・贈りたい人が、いる・・から・・・。 ぼ・・・僕が、自分で稼いで、買う・・・よ。」
ゲイルの前で初めて。
クロス家に引き取られて初めて。
自分の口で、自分の言葉で、気持ちを伝えた。
「・・・・・・ルーナ・・・」
俺の見るゲイルの目に、みるみる涙がたまっていくのがわかった。
情が深くてお人よして穏やかで。
なのに人前では決して泣いたりしない威厳ある公爵様が。
ボロボロと人目も気にせず俺を抱きしめて泣いたのを俺は生涯忘れない。
・・・からっぽだった俺の心。
穴だらけで、ズタズタのボロボロで。
いくら愛情を注がれても開いた穴から零れる落ちるだけで何も残らなかった。
そんな俺の心が。
いつしか愛情と幸せで一杯に満たされてた。
それはきっとユフィと。
そして辛抱強く俺のことを愛してくれた家族のおかげだから・・・。
「今までありがと・・・・父さん」
恥ずかしくて仕方がなかったが。
きっと今を逃したら一生言えない気がして。
勇気を振り絞って告げた言葉にまたゲイル・・・父が大泣きした。
結局、10分以上泣きつづけた後、上機嫌になった父は店に指輪を取り置いてくれるように交渉してくれた。
そしてその日から俺は指輪の代金を稼ぐため、労働という名目のただの親孝行をすることになった。
執務に疲れた父に茶を運び、肩をもみ、話し相手になる。
夜は談笑しながら食事をし、時には一緒に風呂に入り背中を流す。
正直風呂に一緒に入るのには抵抗があったが、提示された金額が群を抜いて高かったためしぶしぶ承諾した。
そんな生活を数週間続けた結果。
無事に目標の金額に達することができた。
子供の手伝い程度で買えるような金額の品物ではなかったのだが。
ゲイル・・・父はとことん息子に甘かった。
これからも時々でいいから背中を流してほしいな。
少し寂しそうな表情で俺の顔を伺うように覗き込む父に。
しょうがないからいいよ、と憎まれ口を叩きつつ了承して。
手に入れた金貨を手に町へと向かう。
無事に指輪を購入し、これを贈ったときのユフィの反応を思い浮かべては幸せな気持ちになった。
そして次の日。
父に教えてもらったとびきりの場所にユフィを誘った。
屋敷から少し遠い場所にある様々な花が咲き誇る、夢のように美しい場所で。
指輪を渡そうと、ドキドキしていた俺は。
そこで突然。
本当に突然に。
ユフィから別れを告げられることになった。
読んでくださりありがとうございました。
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