駆け巡る走馬灯5
え・・・と小さく呟いたきり何の反応も見せない【ユフィ】に焦れて。
馬鹿な俺は、いかに自分が辛い人生を送ってきたのか。
いかにかわいそうな奴なのかを。
息継ぎをする暇もないほど早口でまくし立てた。
自分が国に災厄をもたらした男の生まれ変わりであること。
だから親に捨てられたこと。
周り全てに敵意を向けられること。
こんな辛いだけの人生はもういらないんだ、と。
だからもう死にたいんだ、と。
2歳も年下の、(多分)女の子の前で。
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら。
一方的に喋りつづけた。
ずっとずっと溜め込んでいたものを。
会って間もない子供に真正面からぶつけた。
ユフィの顔が驚きから苛立ち、そしてやがては無表情になっているのに気づきもしないで。
当時の馬鹿な俺は自分の不幸に酔っていた。
周りが何も見えていなかった。
そして・・・・。
彼女の逆鱗に触れた。
「馬鹿みたい」
一通りしゃべり終わった俺に、最初にかけられた言葉がそれだった。
今思うと、あんな不幸自慢を最後まで聞いてくれた彼女はなんと心が広く我慢強かったのかと思うが。
当時の俺にはそんな余裕などなかった。
ただただ、同じ境遇であるはずの【ユフィ】からでた突き放すような言葉が衝撃だった。
わかってくれると思った。
そうだよね、わかるよ、といって慰め合いたかった。
なのに、彼女さえ自分を傷つける。
勝手に期待して。
勝手に裏切られた気持ちになって。
そして無性に腹が立った。
「君になにが・・・・・・」
わかるんだ、と言いかけた俺の首根っこをユフィが掴んだ。
そして片手でずるずると俺の引きずって歩き出した。
「・・・・・・・・は・・・・?」
ズルズルズルズル。
どれだけ抵抗しても、体は引きずられる。
俺よりもずっと体の小さい、がりがりに痩せた女の子が。
どこにあんな力があったのか、今でも信じられない。
「は・・・? ねえちょっと、なに・・・? 放してよ」
「そんなに言うのなら、一人で死んでしまえばいいのだわ!」
ポイッと彼女が俺を投げ捨てたそこは、屋敷の正面玄関。
その手前にある噴水の前だった。
「・・・・・は?」
「死にたいのでしょう? 死んだらいいわ」
「・・・・・・・・は!?」
「自分の命を大事にできない人なんてだいっきらい。 そんなに言うなら一人で死んでしまいなさい!」
衝撃的だった。
今まで向けられた感情は、敵意か、同情か困惑だけで。
こんなふうに正面から。
・・・・・・泣きながら叱られたのは初めてだった。
【ユフィ】は泣いていた。
宝石のような緑色の瞳からボロボロと行く筋も涙を流して。
それを拭おうともせずまっすぐに俺を睨みつけて。
泣きながら、怒っていた。
「そんなに死にたいならわたしが手伝ってあげるわ」
じりじりと、泣きながらユフィが近づいて来る。
俺の後ろには水に満たされた噴水。
もし、あの馬鹿力で顔を水の中で押さえ込まれたら?
抵抗しても先程みたいにきっと振りほどけない。
そしたらそのまま自分は・・・・・。
さっと顔から血の気が引いた。
恐怖で顔が強張って、足が情けないくらいに震えた。
「・・・・・・・や、やめて・・・」
蚊の鳴くような声が口からでた。
けれど、小さすぎて聞こえなかったのか。
それとも無視されたのか。
ジリジリと、ユフィが近づいて来る。
死にたいとずっと思っていた。
こんな人生ならいらない、と。
なのに、死のうとは一度も思わなかった。
死にたいと口では言いながらそのための行動など一度も起こさなかった。
それは、本当は・・・・・・。
「い、いやだ・・・っ! 死にたくない!!」
そうだ、本当は死にたいなんて思ってない。
本当は、ずっとずっと生きたかった。
生きて誰かに認められたかった。
けれどそう思いながらも、拒絶されるのが怖くて自分ではなにもしなかった。
なにも学ぼうとしなかったし、与えられるばかりでなにも返そうとしなかった。
だから、自分には今こんなになにもなくて。
心は空っぽで・・・。
ガバッとユフィの手が俺の首もとを掴んだ。
そのまま押し倒される・・・そう思ったけど。
そうはならなかった。
ユフィは俺の首に両手を回して。
力いっぱい俺に抱きついてきた。
・・・・・違うか・・・。
俺を抱きしめてくれたのか。
あんな小さな体で。
自分も傷だらけでいかにも訳ありだったのに。
泣きながら、俺を抱きしめてくれた。
そして言った。
しゃっくりでひどく聞き取りづらかったけど。
俺は俺だ、と。
誰かの生まれ変わりなんかじゃなくて、世界にたった一人の大切な人間なんだ、と。
俺が一番言ってほしかった言葉を。
あんなに小さかった女の子が。
自分のことじゃないのに、あんなに泣きながら。
俺を力いっぱいに抱きしめて。
何度も何度も。
死なないで、負けないで、と。
そう言って励ましてくれた。
読んでくださりありがとうございました。




