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大事な人

 『・・・・・・・・・・しゃ・・・・・ま・・・!』


 『・・たす・・・だ・・・・・こう・・・・・ま・・・!!』


 『・・・助け・て・・・・こ・・・しゃ・・・・』


 『公爵さま!!!』


体を何かが突き抜けていったような鋭い感覚に、アッシュはハッと眼を開けた。

ごく小さな明かりだけの部屋に、アッシュの荒い呼吸音がやたら大きく響く。

心臓は早撃ちを繰り返し、頭の中では警報が鳴り響いている。


・・・・・・・なんだ・・・?


ざらっとしたこの感じ。

何か良くないことが起こっている・・・?


『公爵さま!! お願いです、助けてください。お願いします、公爵さま!! 助けて!!』


キンと軽い耳鳴りのような音とともに頭の中に響いて来る泣き叫ぶような声。

何度も何度もその声はアッシュを呼び、助けを求めつづけた。

これは魔力だ。

それも、おそらくユーフェミアの。


まさか、と思った。

ルーナルドのはった結界が弱まっている気配はない。

けれど声は確かに魔力をともなってアッシュの元へと届いている。

ではあの強固な結界を突き破ったのか?


『公爵さま!!』


必死でアッシュに助けを求めるユーフェミアの声。

泣いている、今ユーフェミアが。

そんな状況に彼女がいる。


全身から一気に血の気が引いた。


アッシュは外套を引っつかみ、急いでユーフェミアの元へと走り出した。


ルーナルドがユーフェミアのためだけに用意した屋敷は、公爵邸からは割と距離がある。

馬を全速で走らせて10分。そこから馬では入れないような入り組んだ森の中をさらに10分ほど進まなければいけない。明かりがない中でそんな道を進むのは困難を極め、どれだけ急いでもどうしても時間をとられてしまう。

アッシュに助けを求める悲痛な声はずっと続いている。

助けて、助けてください、と。

近づくごとに声は大きくなり、アッシュの気を焦らせる。


血のように赤く輝く月。

その月を背にアッシュはただ走る。

状況がわからない。

分からないから、嫌な予感が最悪のシナリオを想像させ、不安感が加速する。

どうした?一体なにがあった?

暗殺者に襲われているのか?

それとも、火の不始末で火事にでもなったとか?

なんにしろ、この泣き叫び方は異常だ。

あのユーフェミアが。

たった一人奴隷落ちすることになっても一切泣くことがなかったというユーフェミアが。

ここまで取り乱して声を荒げている、などよほどのことだ。

それほどのことが今起こっている。

自分はなにをのんきに寝ていたのか。


木の根に足を取られないように慎重に、けれどできる限り最速でユーフェミアの元へと走る。


毎日通っている道なのに。

なのに、どうしてこんなにも遠く感じるのか。

本当に同じ道なのか。

魔法で惑わされでもしているんじゃないか。


焦りと苛立ちを抱きながら走りつづけて。


やっと屋敷が目視できる場所までたどり着いたアッシュは。


その場の状況を認識し凍りついた。


「・・・・・・・・ル・・・・ナ・・・・?」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしたユーフェミア。

そしてその数歩こちら側に。

誰かが倒れている。


誰か、なんて考えるまでもない。


全身を黒で覆い尽くした、ピクリとも動かないそれは・・・。


「ルーナ!!」


慌てて抱き起こし、その顔を覗き込んで。


そして息をのんだ。


心臓が早打ちし、どっと冷や汗が沸き上がる。


「うそ、だろ、ルーナ・・・」


彼が纏っているのは黒の服。

反り血を浴びすぎて。

白が朱く染まるの嫌で。

いつしか彼は黒のものしか身につけなくなった。

なのに、それでもわかる。

彼の身につけている黒服が、ぐっしょり血で濡れていることが。

鼻につく血の臭い。

よく見れば、彼が倒れていた地面も一面色が変わっている。

一体どれほど喀血したのか。


「ルーナ!! ルーナ!! ルーナルド!!」


呼びかけにも全く反応しない。

ひどい顔色。

紫色に変じた唇。

冷えきった冷たい体。

ぐったりと力のはいっていない四肢。

辛うじて息はしているようだが、それだってあまりにも弱々しい。


「公爵さま! 助けてください、公爵さま! ルーナルド様が!!」


バンバンと固い何かを叩く音が聞こえる。

ユーフェミアだ。

ルーナルドのはる結界に阻まれてそこから出られないのだ。

なのに、それでもルーナルドの異変に気がついて必死で助けを求めた。

ルーナルドが作った、これほど見事な結界を突き破るほどの強い意思で。


透明な壁に阻まれて進めないだけで、こちらの様子は見えているはず。


つまり、彼女はずっと見ていたのだ。


ルーナルドが血を大量に吐いて倒れるところを。

あんなに泣いて。

泣き叫んで。

それなのに、手を指し述べることもできず、助け起こすこともできず。

ただ見ていることしかできなかった。

アッシュが来るのをどんな思いで待っていたのだろう。

どれほど怖かったことだろう。


・・・アッシュでもこれほどに怖いのに。


「大丈夫だよ、ユーフェミア。 ルーナは僕が助けるから」


王女様、ではなく彼女の名前を。

この時アッシュは初めて呼んだ。

その方が安心させられると思ったから。


「・・・・・っ!はい、公爵さま。 お願いします、お願いします」


子供のようにしゃっくりをあげて、流れる涙を両手で拭いながら。

ユーフェミアはアッシュに何度も頭を下げる。

そのユーフェミアの両手は血でボロボロだった。

何とか結界の外に出られないかと何度も壁を叩いたのだろう。

それこそ、皮膚が裂けてあんなにボロボロになるまで。


そんなこと・・・・・。


「ユーフェミア。 君は屋敷に戻って。ルーナは僕が助けるから、いいね?」


返事も待たず、ルーナルドを肩に担いで歩き出した。

事は一刻を争う。

早くルーナルドを医者に見せなければ。

体が冷えきっている。

早く温めて、安全なベットで休ませてあげなければ。


冷えきってぐったりとした体。

ヒュー、と。

弱々しい彼の呼吸に纏わり付く不快音。


・・・・・ねえ、ルーナ・・・。


ユーフェミアが泣いていたよ。


君を思ってあんなにも泣いていた。


君は悪役に徹していたはずなのに。


彼女の中で君は悪者でしかなかったはずなのに。


なのに、君を心配してあんなに泣きじゃくっていたよ・・・。


ねえ、ルーナ・・・。


そんなのもう、悪者、じゃないよね・・・?


君は彼女の中で、ちゃんと大事な人、になっていたんじゃないのかな・・・?


君の心は・・彼女に届いていたんじゃないのかな・・・?














ここでいったん一区切りとなります。

次話は、走馬灯、という名のルーナ視点の回想になります。







・・・・・・ちなみに・・・。

最後は(作者の思う)ハッピーエンドに三人それぞれなる予定ですので、応援よろしくお願いします。


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