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赤い月

月が異様に赤く輝く夜、だった。

昔から、月が赤く光る日は良くないことが起こると言われている。

根拠なんてない。

ただ先人があまりに不気味なその夜を恐れただけかもしれないし、解明されていないだけで魔力波的ななにかがあるのかもしれない。

周期的に起こるのか、突発的に起こるのかそれすらよくわかっていないが。

確かに月が赤くなる日があり、そしてそういう日は良くないことが起こる。

魔物が暴力化したり、大きな地震が起きたり。

小さいものだと、赤子が泣き止まなかったり、古傷が痛んで仕方がないというものまで。

とにかく赤い月は凶兆の象徴とされている。


アッシュの姉が命を落としたのも、そんな日だった。





自分の屋敷に戻ってきたアッシュは、ふぅと一つ息を吐き出した。


今日も今日とて、あの王女はマイペースだった。


先日婚約者がいるという話を聞いたときは焦ったし、無性に腹が立ったが。

冷静になって見れば、アッシュのやることは変わらない。

今までと同じように側にいて、気に入ってもらえるようにご機嫌を取るだけだ。


自分にそういいきかせ、日々を一緒に過ごしているわけだが。


本当に、驚くほど毎日振り回されっぱなしだ。


三日前は、また畑仕事を手伝わされた。

・・・アッシュとて、それなりに体を鍛えているつもりだが。

また違った筋肉を使うのか、その夜は体中がひどく痛んだ。

二日前はおかしな体操を一緒にやらされた。

・・・不思議と、その後体が楽になった気がする。

昨日は本を読んだ。三人でそれぞれ別の本を。一緒の部屋で。

・・・ゆっくりと時間が流れるような。あんな時間も悪くなかった。


そして今日。


いきなり釣りに連れていかれた。

道具がないよと言えば、自前の釣竿を嬉しそうにとりだし。

餌がないよと言えば、畑でミミズを掘りおこしていた。

無駄だろうなと思いつつ、肌が焼けてしまうよ、とやんわりとめてみても自作の日焼け止めを塗ったから大丈夫だと言われ、アッシュにまで丁寧にそれを塗ってくれた。

あ、自分にも塗られるということは、当然自分も行く流れなんだな、ともはや反論する気力もなく。

あきらめの境地でついて行った先は。

屋敷の裏手にある森の中に流れる、小さな川だった。


もっと狭い範囲、何なら一部屋に閉じ込めてしまえば、楽なのに。

ルーナルドは屋敷を中心に数百メートルの範囲に結界をはった。

範囲が広ければ広いだけ使う魔力も爆発的に増えるのに。

ユーフェミアの心身の健康を考え、アッシュが止めるのもきかずにルーナはその範囲を囲んだ。


二種類の結界で。


一つは王女の魔力に反応するもの。

対象者、つまり王女を魔力ごと外に出さないための結界。

アッシュには到底無理な芸当だが、魔力操作の熟練者になると、個人の魔力を特定することができ、それをたどって居場所を探ることができる、らしい。

つまり暗殺者から完全にユーフェミアを隠すには、魔力ごと閉じ込めなければいけない。


もう一つは、ユーフェミアに害意を持つものを弾く結界。

問答無用で、アッシュとルーナルドしか結界内に入れないようにすればもっと楽なのに。

それでは自分たちになにかあったときに困るから、とルーナルドがきかなかった。


結果、範囲の馬鹿みたいに広い。

複雑窮まりない結界を2種類も張るというとんでもないことをルーナルドはしてみせた。

そして今もそれは継続中だ。

いくら最高級の魔石で補助しているとはいえ、そんな高度な術式を発動しつづけるなどどれほど負担になっていることか。

心身の安静が必要だと言われているのに。

けれどアッシュがかわろうにも、そんな芸当できるはずもない。

せいぜい部屋一つを囲うのがやっとだ。

それだって、アッシュの異常に高い魔力と熟練度があってこそだ。

あれほどの結界を張りつづけられるルーナルドが規格外過ぎるのだ。


そんなルーナルドの並々ならぬ力と気遣いのおかげで、王女は日々のびのびと過ごす。


釣竿をたらし、真剣な表情で釣り糸をじっと見つめているその顔は。

認めたくないが、あまりにも可愛らしかった。


何時間も釣り糸を垂らした結果。

魚が吊れたのかといえば。

もちろん一匹もつれなかった。

まあ、素人の。

しかも太い枝に刺繍糸と針をつなぎ合わせただけのような、そんなものでは魚を吊り上げることなど最初から不可能だったのだろう。

見るからにしゅんと悲しそうにうなだれるその姿は、まあ・・・かわいかった。


振り回されている。

今日もまた、おかしなことをやりだした。

そう思いつつも、結局なんだかんだいってアッシュはユーフェミアとすごす時間を気に入っていた。


明日は一体なにをやり出すのか。

そう思いながら、穏やかな気持ちでベットへと潜り込む。


───・・・忘れていたのだ。


あまりに平和で穏やかな時間が続いていたから。


屋敷から帰る道。


見上げた空に、不気味なほど赤い月がでていたことを。


赤い月が出ているときは、気をつけなければいけない、と。


肝にめいじていたはずなのに。


アッシュは忘れていた。


そしてその結果。


夜中、赤い月が爛々と輝く中で。


全速力でユーフェミアの元へと駆けつけることになる。



                                                                                         











アッシュがユーフェミアに振り回される話もいつか番外編でかけたらと思います。


読んでくださり、ありがとうございました。


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