理解できない・・・?
「今日の分だ」
大事そうに差し出された籠をアッシュは両手で受けとった。
ちらりと中を除いてみる。
こんがりと焼かれたおいしそうなパン、みずみずしいサラダ、具だくさんなスープ。
チキンに、魚のムニエル、あと副菜が数種類。
今日も美味しそうだ。
「お昼はチキン? ・・・あまり見ない料理だね?」
「ああ。 こっちにはない調味料を使ってるからな」
こっちにはない。
・・・ああ、今日の郷土料理はこれか・・・。
必ず一品は、こうやってアルフェメラスの郷土料理が入る。
本当にまめな男だと思う。
ユーフェミアにはアッシュが料理を作っていることになっているが。
実際は違う。
毎日毎日こうやってルーナルドが一日分の料理を作っている。
彼はわざわざそれを事前にアッシュに届けてから素知らぬ顔をして屋敷へと向かう。
アッシュはそれをさも自分の手柄のように彼女に披露して感謝の言葉を毎日受け取っているのだ。
何故そんなことをしているのか・・・?
ルーナルドは、ユーフェミアのためだと言ってはいるが多分そうじゃない。
アッシュのためだ。
ルーナルドはユーフェミアのためじだけじゃなく、アッシュのためにも全ての手柄を放棄している。
ろくに口もきかず、表情も変えない冷たい男。
いつも側にいて、美味しい食事を作り気遣かってくれる男。
どちらの男に好感を持ちやすいかなど考えるまでもない。
窮屈な生活の中で少しでも心安らかでいられるように。
彼女の話を聞いて彼女と共に行動する。
絶対的な彼女の味方となる。
それがルーナルドから頼まれたアッシュの役割。
それ自体はアッシュの目的と重なるため、異存はない。
しかし、毎日ルーナルドが一生懸命作っているその料理まで自分の手柄にするのはどうなのか。
罪悪感しかない。
彼はずっとユーフェミアの体調を気遣かった料理を提供しつづけてきた。
薬の副作用で苦しんでいるときは、最高級のポーションを。
少しなれてきた頃には、パン粥などの消化のいいものを少しづつ。
完全に体調が戻ってからは、バランスのいい食事を。
この2ヶ月間ずっと、だ。
それはどれほど大変だったことだろう。
籠の中にはいつも二人分の食事。
そこにルーナルドの分は含まれない。
彼はもう楽しく食事をできる体調にないのだ。
なのに、それでもこれほど手の込んだ料理を毎日手作りしてくる。
そんな時間があれば、体を少しでも休めればいいいのに。
アッシュの屋敷にだって、ルーナルドの屋敷にだってお抱えの料理人はいる。
王宮でも食事を作っていた、一流の腕を持つ職人だ。
ユーフェミアの食事くらい作ってくれる。
なのに何度言っても彼はそれを聞き入れない。
わざわざ友好国を介してアルフェメラスの調味料を取り寄せてまで。
ユーフェミアが辛くないように。
故郷の味を必ず一品は取り入れた料理を時間をかけて作ってくる。
美味しそうに自分が作った料理を食べてくれる姿がなによりも嬉しいんだ、とルーナルドは言う。
アッシュにはそれがどうしても理解できない。
ユーフェミアは確かにいつも美味しそうに食事をする。
いつも穏やかに笑っているが、ルーナルドの作った料理を食べた時は確かにそれとは違う笑い方をする。
「・・・・美味しいです。・・・公爵さま」
そういっていつも褒めてくれる。
ありがとう、と感謝の言葉をアッシュにくれる。
本当はそれを受けるべきルーナルドにではなく、アッシュに。
確かにその顔はかわいいと思う。
けれど、それでもやはりアッシュには理解できない。
そこまでしてルーナルドが手作りにこだわる理由が。
だから・・・・。
今日もいつものようにルーナルドが作った食事をテーブルに並べていく。
そこに。
一つだけいつもと違うものを忍ばせてみた。
アッシュが昨日料理人に頼んで四苦八苦しながら作ったこの国の代表的なお菓子、フフ。
ルーナルドの作った料理と一緒に並べてみると明らかにそれだけ見栄えが悪い。
それでも、味は悪くないはずだ。
「美味しいです。・・公爵さま」
今日もユーフェミアはなにも知らずにアッシュに賛辞を送る。
うれしそうに頬を緩めて、笑う。
「このチキンはアルフェメラスの・・・・?」
「うん、最初に一度蒸して作るんだよね? スパイスが何種類もあるから全部取り寄せて作ってみたよ」
・・・・ルーナがね。
それでも一応アッシュが作っている事になっているから。
なにを質問されてもちゃんと答えられるように一通り調べてきている。
突っ込まれて困るような、そんな中途半端なことはしない。
「いつもありがとうございます、とても美味しいです」
多過ぎず少なすぎず。
いつもルーナルドが用意する分量は的確。
ユーフェミアはそれらを全て美しい所作で綺麗に平らげて。
最後にアッシュが用意した少し不格好なフフを手に取った。
「まあ、こちらは初めて頂きます」
「うん、ごめんね? それは初めて作ったから少し不格好なんだけど」
「そんなことありません。 頂きます、公爵さま」
「うん、どうぞ」
サクッと軽い音を立ててユーフェミアの口の中にフフが入っていく。
アッシュが初めて作った料理とも呼べないそれが。
・・・・・なんだろ、これ。すごくドキドキする。
味は悪くないはず。
料理長にも大丈夫だと褒めてもらったくらいだ。
・・・・それとも僕に気を使ってそういっただけだった、とか・・・?
ユーフェミアの反応が気にかかる。
どうせなら美味しいと言ってもらいたい。
万が一まずいなんて思われたら・・・・。
「とても美味しいです、公爵さま。 ありがとうございます」
ニッコリと。
目を細め、嬉しそうにユーフェミアが笑う。
アッシュが作った菓子を食べて。
幸せそうに笑う。
「・・・・・・・・・・うん、そっか、よかった・・・・。」
頬に熱が集まってくる。
心臓が、口から飛び出してきそうだ。
【おいしかった、ありがとう】
そんな何気ない言葉をどうしてこんなにも嬉しいと思えるのか。
理由なんて知らない。
けれど、今日彼女のあの言葉と笑顔を引き出したのは間違いなくアッシュで・・・。
それがこんなにも誇らしい。
ああ、そうか。こういうことか・・・。
アッシュの対面にはルーナルドが座っている。
今日も徹底した冷たい無表情。
興味なさそうにアッシュ達の様子を眺めていたルーナルドの、その美しい金目がちらりとアッシュに向いた。
目が合った。
・・・・・・・・・わかったか?
そういわれた気がした。
・・・・うん、そうだね、ルーナ。
今も熱を集める頬。
高揚する心。
胸いっぱいに広がる満足感。
そして、嬉しそうにぱくぱくとフフとつまむユーフェミアの姿。
認めざるを得ない。
確かにこれは病み付きになる。
それがどんな感情からくる思いなのか、なんて。
これっぽっちも気付かない振りをして。
アッシュは、また今度何か作って持ってこようと心に決めたのだった。
餌付けらされるヒロイン・・・でした。




