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奴隷一日目

 ユーフェミアが目を覚ましたのは、意外にも清潔なシーツが敷かれたベットの上だった。肌触りのいい羽布団を丁寧にかけられてさえいた。

ここはどこなのか。

不安に思いつつ体をゆっくりと起こしてみる。

途端左胸に痛みが走った。

目覚めのボンヤリとした頭が一気に覚醒し、慌てて左胸を確認して。

━━━全身に鳥肌が立った。

左胸に、淡く金色に発光する魔方陣が刻み込まれている。

その術式には見覚えがあった。

誓約魔法の・・・。

それでようやく状況を思い出した。

そうだ、自分はあの狂王子に跪き奴隷となったのだ。

今から一体なにをさせられるのか・・・。

恐ろしさの余りブルリと体が震える。


「待って、落ち着きましょう」


怖がったところでなにも状況は変わらない。であれば、少しでも状況を良くするためにまずは情報を集めなくては。

意識的にゆっくりと呼吸をする。目を閉じ3度深呼吸をし、同時に左手の手の平にくるくると丸を3度描く。

三度目の丸を書き終え、呼吸を終える頃には心は随分と平静を取り戻した。

昔大事な幼なじみから教えてもらったおまじないの一つだ。絶望的な状況を克服するのにはこれが1番きく。

そうだ、まだやれることがある。

とにかく情報を、と視線を巡らせてみる。


ユーフェミアが寝かされていたのは小さな部屋だった。

小さいといっても、それは王女として大切に育てられたユーフェミアの基準であって、一般的な感性を持つ人間には十分の広さの部屋だ。

ベットと、クローゼット、天井まで届くぎっしり本が詰まった本棚。小さな机と椅子。

そして窓際には白い花が活けられた花瓶が一つ。

それだけのごくシンプルな部屋。

ここが奴隷となった自分に与えられた部屋なのだろうか?

いやそもそも奴隷に部屋など与えられるだろうか?

ユーフェミアは何度も市井にでていたが、奴隷の生活までは目にしていない。

だから基準がわからない。


「起きたのか」


急に声をかけられ、飛び上がった。

どきどきと心臓が痛いくらいに暴れ回る。

怖い、顔を上げるのが怖い。

けれど、無視することなどできるわけもなく。ユーフェミアはゆっくりと顔を上げた。


開きっぱなしの部屋の扉。その向こうに、全身黒ずくめの狂王子が立っていた。

明るいところで見ると、本当に整った顔立ちをしている。切れ長の金色の瞳、綺麗な曲線を描く頬のライン、すっと高い鼻。少し癖のある艶やかな黒髪。

笑えばさぞ美しいだろう。

けれど今日もその顔は冷たく無表情で、ユーフェミアを見下ろす瞳など虫けらを見ているかのようだ。


「起きたのならさっさと支度をして出てこい。5分だけ待ってやる」


狂王子はそういうと、無表情でドアを閉めた。


「え、5分?」


たった5分で身支度を整えろというのか?

部屋には手伝ってくれる人などいるわけもなく、たった5分で着替え、朝の洗面など全ての準備をしろなど土台無理な話だった。

けれど、出来ていないといったところであの王子が待ってくれるとは到底思えない。

5分たったなら、例え着替えの途中でも外に引きずり出されそうだ。

であれば、すこしの時間も無駄にはできない。

ユーフェミアはベットから飛び起きて、クローゼットへと向かった。


今ユーフェミアは、着用していた重いドレスを脱がされ、簡単なワンピースを着ていた。

・・・誰が着替えさせたのか、考えたくもないので思考を放棄する。

ワンピースは寝ていたことであちこちシワになっているので、とりあえず着替えようかとクローゼットを開けた。ここに置かれているいうことは使っていいということなのだろう。勝手にそう理解することにする。

クローゼットの中には、シンプルな作りの服が数着かかっていた。もちろんドレスなどではない。

 ユーフェミアはその中から適当に選んで試行錯誤しながら服をきた。

アルフェメラスではみない作りの服なので、着方があっているかわからないが、最低限肌は隠せているはずだ。

続いて、備付けてあった洗面台で顔を洗い、髪をとかしつけ身支度をなんとか整える。

王子はまだ来ない。であれば、5分で間に合ったのだろうか。

随分時間がかかったような気がしたが、あの王子が待ってくれているとは思えないので、なんとか時間内に支度ができたのだろう。

ふぅっと安堵の息付いたところで、部屋のドアが開いた。


「時間だ、出てこい」


奴隷というより囚人のようだと思いつつ、ユーフェミアは狂王子の元にかけよった。


コツコツと革靴を踏み鳴らし、狂王子は歩きだした。

後ろを歩くユーファミアを一度として振り返ることなく、ただ黙々と。

足の長さが違うので自然とユーフェミアが小走りになるのだが、そんなことはまるでお構いなしだ。


 狂王子が歩みを止めたのは、黒光りする机と椅子。たくさんの書類が詰まった本棚。

そしてインクの臭いのする部屋に入ってからだった。

多分、彼の自室だ。

ここからは見えないが、奥にもう一つ続きの部屋がありそうだ。

けれど、歩いてきた感じ部屋数もあまりなく、とても小さな屋敷に思える。

王子のルーナルドが使う主家にしては随分規模が小さいので、もしかしたら彼が持つ屋敷のうちの一つなのかもしれない。


「お前には俺が作った毒薬の実験体になってもらう」


光栄に思え、と王子は冷たく笑う。

さりげなく周りを観察していたユーフェミアはその言葉に凍りいた。


━━━・・・毒薬・・・? 実験体・・・?

つまりこの身で、毒の効果を試せ、と・・・?


ユーフェミアの非難に満ちた視線を無視し、王子は机の方に回り込み、その引き出しから明らかにおかしな色をした何かを取り出した。透明なガラス瓶。その中にタプンと揺れるそれは、濃い青緑色。

確かにそれは毒にしか見えない。


「毎日朝晩、これを服用し、体の変化をここに書付ろ」


乱暴に机の上にほうり出されたのは一冊の黒いノート。

ここに、日々の体の変化をつける、と。これでは本当にモルモットだ。


「毎日一回はこの部屋に報告にこい。それ以外は好きにしてていい。勝手に過ごせ」


━━━・・・え?好きにしていいといった・・・?


それは今からどれほどの目に会うだろうと絶望していたユーフェミアにととってわずかな希望となった。

けれどそれを嘲笑うように狂った王子が笑う。


「まあ、これを飲んでまだそんな元気があれば、の話だがな」



******

 ユーフェミアは最初に与えられた部屋で一人、不気味な色の液体と向き合っていた。見れば見るほど気味の悪い色だ。

どんな毒なのか、服用すればどんな症状が現れるのか。

無駄を承知で一応聞いてみたが冷たい無表情で黙殺されただけだった。

事前にそれを知っていては正確なデータが取れないからかもしれないし、単純にユーフェミアと話すのが面倒なだけかもしれない。

ただ日々の変化を書き付けろと言っていたから、一口飲んで死ぬという類の毒ではないのかもしれない。

だからといって、毒とはっきり言われたものを口に含むのは勇気がいる。


チリチリと左胸が痛む。

左胸に刻まれた誓約魔法の印が、命じられたことをさっさと遂行しろ、と痛みを持って強制してくる。このまま毒を飲まなければ、印が痛みを与えつづける。それはそれで辛い。


・・・・わたしはまだ死ねない。


覚悟を決めて一人その瓶のふたを開けた。

開けただけで鼻を突く凄まじい異臭がする。

薬はどろりとしていて飲むことすら難しそうだ。

それでも、息を止めて一気に口の中に流し込んた。

ひどい臭いと強烈な苦みで何度も吐き戻しそうになった。それでも飲み込みつづけた。一度止まってしまえばもう飲み込めない。

喉が焼けるように熱くて痛い。

体が拒絶して、瓶を持つ手が奮え、涙が止まらない。

それでもなんとか全て飲み込んで。

やれやれと一息付いたところで体に変化が現れた。

ドクリと、まず心臓が一際高く打ち付けた。

立っていられない程の目眩と、頭をハンマーで殴られているかのような鋭い痛み。

吐き気も酷く、こらえきれずに洗面台で何度も吐いた。数10回も吐き戻し、もう吐くものがなくなると、今度は体が燃えているのではと思えるほど熱くなった。相変わらずの頭痛に、頭がぼんやりしてまともに思考することができない。

足に力が入らず、自分の体重すら支えられずに床にみっともなく転がる。それでも苦しくて。逃れるように床を転がり回った。

苦しい苦しい苦しい。


聞こえて来るのは自分の乱れた呼吸音と、呻き声。


そして。

・・・・?


なんだろう。

どこからか綺麗な音が聞こえる。


高く響く音は、笛の音・・・?


どこから聞こえて来るのかを確かめる余裕なんてないけれど。

その高く響く旋律はとても美しく。

苦しさで転げ回るユーフェミアを少しだけ慰めてくれた。








読んでくださりありがとうございます。

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