そうして彼らは王女を攫う
ルーナルドが必死になって守ろうとしている【約束】がなんなのか、アッシュは知らない。
何度かそれとなく聞いてみたが、その度に不器用に話をそらされた。
最後に聞いたときに、「きっと向こうはなにも覚えてはいない」。
「こうすることは全て俺の自己満足だ」と。
そう言った彼の、めったに動かない表情筋がわずかに悲しそうに陰ったのを見て。
アッシュはそれ以降その話をするのをやめた。
だから、【約束】の内容は知らない。
けれど、【ユフィ】がルーナルドにとって、自分の命よりも優先すべき大事な存在であることはわかった。
きっと彼はもう、なにを言ってもなにが起きても意見を変えない。
で、あればルーナルドのために。
己の一族のために。
そして和平を望んでいる全ての人間のために。
ユフィ・・・。
和平の要となっているアルフェメラス王女、ユーフェミアを救い出すことに尽力すべきだ。
目標は定まった。
すべきことは結局かわらない。
アッシュ達が国境を越えてアルフェメラス王宮に忍び込むのは現実的に考えて無理だ。
であれば、王女自身にこちらに来てもらうしかない。
なるべく平和的に、王女の身の安全を1番に考えて綿密に、けれど時間が限られているので迅速に。
計画を立てていく。
ユーフェミアを助けるにあたって、大きな問題が二つあった。
一つは凄まじい苦しみを伴うと言われる解毒にユーフェミアが堪えられるかどうか。
よほどの覚悟がない限り、その苦しみには堪えきれない。
一度の苦しみで毒が消えてくれればまだ救いもあるが、あの毒は数十日にわたって解毒剤を飲みつづけなければいけない。毒が完全に消える前に飲むのを止めてしまえば毒は勿論消えない。
毎日毎日、いつ終わるかもしれない苦しみに、たった17、8歳の女の子が堪えられるものだろうか?
少しでも気力が尽きれば、あっという間にそのまま死へと向かっていってしまう。
それこそ、本当に、どんなことをしてでも生きるんだという心の底からの強い意志がなければ無理だ。
そしてもう一つの問題。
それは、そんな恐ろしい毒をユーフェミアに。
最も安全と言われる王宮の奥にいる王女に。
毎日盛ることが出来る位置に暗殺者がいるという事実だ。
ユーフェミアの毒殺計画はアルフェメラス側は一切気づいていない。
つまり、誰にも気付かれずひっそりと、そして確実にそれが出来る人物。
そんな奴が王女の近くにいる。
そしてそれが誰なのか判明していないのだ。
もしうまく解毒できたとして。
安全なはずの王宮の。
王女のごく近いところに、そんな奴がいればまた元の木阿弥だ。
今度は一体どんな方法で暗殺されるかわかったものではない。
暗殺者は誰なのか。
誰の指示でそれがなされているのか。
それを突き止めなければいけない。
この二つの問題をクリアしなければ、ユーフェミアは救えない。
ルーナルドはその可能性を少しでもあげるために。
自らが王女にとって【徹底した悪】になると提案してきたのだ。




