先祖返り
先祖返り。
ルーナルドは王宮でそう呼ばれ、毎日理不尽な罵声と嫌がらせを受けていた。
寝床は、すき間風が入り込む物置小屋。
食事は一日一回。具のない冷たいスープとカビのはえた固いパン一つ。
体も冷たい井戸の水で数日に一回拭くだけ。
誰にも相手にされず、誰もなにも教えない。
ルーナルドが放置された物置小屋からは、王子宮の庭の一角が見える。
そこで遊ぶ自分の腹違いの兄を。
無条件で愛されて、大切にされている兄を。
ルーナルドは一体どんな思いで見つめていたのか。
それとも、誰にも相手にされず話し掛けられることもなかったルーナルドは、あそこに遊んでいるのが自分の兄だということすら知らなかったのだろうか。
子殺しは国教に反するため死に直結するほどの危害を加えられることはなかった。
だが、愛情を無条件に注がれるべき大事な時期に、満足に食事を与えず、ぼろ布を着せ、すき間風が入り込む物置小屋に放置、などあってはならないことだ。
アッシュの父は、ずっとそんな王子のことを気にかけていて。
時間をかけて対策をとり、ルーナルドが5歳の時にようやく自分の屋敷に迎えることができたらしい。
きっと、理不尽な運命を押し付けられたルーナルドと、自分たちの一族がタブって見えて。
とても人事には思えなかったのだろう。
そうしてルーナルドはアッシュの弟として一緒に暮らすようになった。
しかし、心に受けた傷が深すぎたのか。
何日経ってもルーナルドは心を許してはくれなかった。
何をしても、何を言っても反応を返してくれることはなく。
話さず、怒ることも、泣くことも、もちろん笑うこともない。
余りに反応がないので、ルーナルドは耳が聞こえないのか。 しゃべることができないのかと心配されたほどだ。
何度も医師に見せたが、診断結果はいつも同じ。
身体に異常はなし。あるのは心の異常、と。
それでは時間が解決してくれるだろう。
焦らず毎日たっぷりの愛情を注いでいこうと、そう安易に考えていたのだが。
三年経っても一向に状況が改善することはなかった。
一緒に暮らしはじめて三年。
その間ルーナルドは一度として話さない。笑わない、怒らない、泣かない。
自分の希望を言うこともなく、死んでいるかのようにひっそりと日々を過ごすだけ。
いよいよこれはではまずいと思ったんだろう。
アッシュの父は突然、ルーナルドを連れてブランフランに行くと言い出した。
ブランフランはハイエィシアの北にある国で、自然がとても豊かで穏やな人民性の国だ。
戦争ばかりでギスギスしているハイエィシアにくらべると確かに環境的にもよかったのだろう。
ハイエィシアの第二王子を連れ歩くのはさすがに問題があったらしく。
ルーナルドはクロス家の嫡男、アッシュフォードとしてブランフランに入国することになった。
もともと背格好は同じくらいだからそこは問題ない。
目立つ黒髪を、アッシュと同じ銀に染める。
顔立ちまではどうしても変えられなかったが、ブランフランにアッシュの顔を知るものなどいない。
しかも、ルーナルドが顔を見せるのを嫌がって髪で隠しているからなおさら顔ばれすることはない。
こうしてルーナルドは静養のためアッシュフォードと名前を偽って。
アッシュの父、当時のクロス公爵とブランフランに半年行くことになった。




