捨てられた第二王子
アッシュが、ルーナルドと初めてあったのはアッシュが6歳。ルーナルドが5歳の時だった。
ルーナルドを見たときの最初の印象は【幽霊みたい】だった。
今にして思えば、自国の第二王子に失礼窮まりないことなのだが。
あの頃のルーナルドは幽霊と言われてもおかしくないほど酷い有様だった。
髪は艶がなくボサボサで毛玉まるけ。
明らかにサイズがあっていない真っ黒に汚れた服と、靴。
そこから覗く手足は異様に細く、浅黒かった。
そして一番悪印象だったのが、その顔だ。
痩せこけた浅黒い頬の上に落ちる黒髪。
なにを思ってか、彼は髪を長く伸ばし顔半分を隠してしまっていた。
今から王子様に会うんだよ、と父は言っていたはずなのに。
父が連れて来たのは、物語に出てくるようなキラキラしい人物などではなく、幽霊のような生気のない小さな男の子だった。
「ルーナルド殿下だよ。 アッシュフォード、ご挨拶申しあげて」
父にそう促され、はっと我に返り慌てて挨拶したのを覚えている。
その日から、ルーナルドはアッシュの屋敷で暮らすことになった。
なぜか、なんて父は説明してくれなかったけれど。
あの有様をみれば子供だったアッシュにも容易に理解できた。
アッシュよりも一つ年下なだけのはずなのに。
3つか4つ位にしか見えない小さな体。
骨と皮だけの垢まみれの体。
唯一身につけていたのは、真冬にも関わらずぼろ雑巾のような服一枚のみ。
彼は第二王子という、この国で並び立つものがいないほどの地位に生れついたにも関わらず。
十分な食事も与えられず、体を清潔に保つこともできず、たった一人放逐されていた。
生まれ落ちたその瞬間に見捨てられ、以後いないものとして扱われ続けた。
王宮にいる全ての人間から虐待、されていたのだ。
何故そんな事態に陥ったのか。
何故愛しいはずの我が子をそんな目に合わすのか。
正妃様は、国王様は、いったい何をしているのか。
父にも母にも愛されて育ったアッシュにはまるで理解できなかった。
だから、優しくした。
せめて自分はこのかわいそうな子に優しく接してあげようと思った。
ルーナルドが自国の王子様だからではなく。
ただ、一人の人間として。
友人として。
大切に接し、真摯に向き合った。
けれどどれほどアッシュが心を配り丁寧に接してみても、ルーナルドは一言も口をきてはくれなかった。
そんな日が3ヶ月ほどたったある日。
アッシュは、なんの前触れもなく虐待の理由を知ることになる。
今では毎日風呂に入り、アッシュと同じように身支度を整えてもらっているためつやつやの美しい黒髪に、雪のように白い肌になったルーナルド。
けれど頑なに髪で顔を隠しつづけていたルーナルドの。
その顔を見た瞬間に。
ああ、なるほど、それでか、と。
ルーナルドが必死で隠しつづけた顔。
正確には、その瞳を見て。
納得した。
珍しい黄金の瞳。
そして、艶やかな美しい黒髪。
どちらか一つならおそらく問題なかった。
なのに、彼はその二つを併せ持って生まれてきてしまった。
だからないものとされた。
黒髪に黄金の瞳。
それはこの国では最も忌み嫌われる男を表す色。
300年にわたる長い戦争を引き起こした、狂王子レオナルドと同じ色彩だった。




