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月夜が照らす静かな夜に

いきなり話が動きます

クロス公爵家の屋敷。

賓客を迎えるいれるために作られた、一流の調度品ばかりが上品にまとめられた客間。

そこにおかれたソファの一番上座に、ルーナルドが足を組んでゆったりと座っている。


・・・・・・・本当に芸術品みたいだね・・・。


同性のアッシュからみても、彼の容姿には一瞬見惚れる。

小さい頃から兄弟のように育ってきたのに、未だにその美しさになれることはない。

そして多分これからも一生ないだろう。


・・・・・・これで、笑えば無敵なんだろうけど・・・。


残念ながら、彼の表情は無表情で固定されていてめったにそこから動くことはない。


・・・まあ、それはそれで美しいんだけどね・・・。


ああして無表情で座っていると、本当に作り物のように美しい。

美しさで彼より抜きん出るものなどそういないだろう。

少なくともアッシュは今まで見たことがない。


それほど美しい彼を前にしても、メイド達は少しも色めくことなく。

テーブルにいつもと同じように粛々とお茶とお菓子を用意していく。

心の中ではきっと盛大に黄色い歓声をあげているんだろうけれど。

今顔に出ていなければ、頭の中でなにを思っていようが自由だ。


・・・・・・・うん、我が家のメイドは優秀だね。


喧しいのが嫌いなルーナルドの機嫌を損ねずにすんで、ホッと安堵の息を吐く。


「手強いな」


メイド達が全員下がり、二人だけとなったのを見計らったようにルーナルドが口を開いた。

ゾクリとするほどいい声だ。

全く顔が【これ】で。

その顔から出る声が【これ】とは。

この顔とこの声で迫られたりなどしたら、女性など腰砕けもいいところだろう。


・・・・・これで落ちない子、いるのかな・・・。


そう思って、ああ、そういえば一人いたな、と思い至る。

あれほどルーナルドと毎日一緒にいるのに意識するどころか、常にマイペースな彼女。

自分にも、そしてこれほど美しいルーナにも見向きもせず我が道を突き進む彼女。

先ほどルーナが言った「手強い」というのも彼女のことだろう。


「そうだね。全く手応え無し、だよ」


「・・・お前のその顔と性格で落ちない女がいるとは驚きだな」


・・・・・・・・なにそれ。こっちが言う台詞だよ。


「ありがとう。でも君が言うと厭味にしか聞こえないよ」


「厭味?・・・・・本心からだが・・・?」


「・・・・・・・うん、知ってるよ。 ちょっと言ってみただけだよ、ごめん」


君が僕のこと誰よりもかってくれてるのは知ってる。

そして自分の容姿を毛嫌いしてるのも。

だから、ごめん。

ルーナ。

失言だった。

 

「ユフ・・・・・。 ・・・・・王女に惚れたのか・・・?」


しばらくの沈黙の後。

問うべきかどうかためらいでもしたんだろう。

いつになく自信のなさそうなルーナの、弱々しい小さな声に、アッシュの心臓は跳ね上がった。

手足から血の気が急速に引いていく。


・・・・ごめん、違う、ルーナ、そうじゃない。


けれど、喉が張り付いたように否定の言葉は何一つとして出てこない。

沈黙は肯定と取られてしまう。

早く否定しないと。

そうだ、自分は王女になんて一つも・・・・。


「それならそれで、都合がいいんじゃないか・・・・?」


「・・・・・は・・・?」


「お前は優しい男だから。 ユ・・王女を騙して利用するようなやり方、本当は嫌だっただろう?」


だけど、ほんとに惚れたなら、後は自分の方に全力で向かすだけ。

お前も、王女の幸せになる。

好都合じゃないか。


淡々と、少しも表情を変えることなくルーナが告げる。

よく見ると口元が少しだけ上がっている。

アッシュを気遣かって必死で笑顔を作ってくれているのだろう。


・・・・・笑うの、苦手なくせに・・・。


「ルー・・・」


「いいか、アッシュ? 使えるものは全て使え」


呼び掛けた声に被せるようにルーナルドが告げる。

先程の弱々しさが嘘のような、強い口調。

アッシュを射抜くように見つめてくる黄金の瞳。


「お前が罪悪感を感じることなど一つもない」


「だけど・・・」


「お前はなにも悪くない。なに一つとして悪いことなどしていない」


物分かりの悪い子供に言い聞かせるように。

ゆっくりと告げるルーナルドの声。

それが無性に悲しかった。


・・・・・・・違うよ、ルーナ。


僕は君の大事な思い出まで横取りして利用しようとしているんだよ・・・。


君がずっと大事にしてきた、たった一人の女の子まで自分のものにしようとしてる・・・・。


こんな僕のことなんて恨んでもいいはずなのに・・・。


「アッシュ」


名前を呼ばれて無意識に反らしていた視線を戻すと、黄金色の目と視線が絡み合った。


「もしそれでもどうしても罪悪感が産まれると言うのなら・・・」


俺が一緒に持っていってやる・・・。

だから、もうそんなに自分を責めるな・・・。


ルーナルドの静かな声が室内に響き渡る。


「・・・・・・・・・・・・っ」


何でそんなことが言えるのか・・・・。


俺が一緒に持って行ってやる。


俺が一緒に持って、逝ってやる。


ルーナルドの前には、数種類の軽食と、菓子。

そしてもはや冷めてしまった紅茶。


・・・・・・用意されたお茶にも菓子にもルーナルドは一切手を付けない。


あの屋敷でもルーナは食事をしない。

ただ唯一、ユーフェミアが入れたお茶をゆっくりと飲むだけ。


1年前よりも随分と痩せた体。


白すぎる頬。


「ルーナ・・・今幸せ・・・・?」


聞いていいものか、迷いに迷って。でもどうしても答が知りたくて自分勝手に聞いたその問いに。


「ああ」


一瞬の迷いもなくそんな言葉が返ってきて。

アッシュはぐっと目に力を入れた。

そうしていないと涙があふれてきそうだった。


なんで・・・。


何でそんなことが言えるのか・・・・。


食事すら喉を通らない、やせ細って弱った体。

血を吐きすぎて血色の悪い頬。

医師にさえ見放されてしまった君の未来・・・。


なのにどうしてこんな状況で迷いもなく、幸せだと言いきれるのか。


君はもう、後数ヶ月しか生きられないというのに・・・・。









次話はルーナの話になる予定です。

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