一時の気の迷い
恋など一時の気の迷いだ。
そんなものを優先したばかりに、一族がどれほどの苦しみを与えられたのか忘れたのか?
僕は、レオナルドのように愚かじゃない。
目的を見失うな。
あくまでも惚れるのは向こうで、僕は惚れられる方だ。
これは絶対の条件だ。
逆では意味がない。
心を制御しろ。
王女に惹かれてなどいない。
気の迷いだ、忘れろ。
それができないのならせめて押さえ込め。
嘘は得意だろう?
弱みなど決してみるな。
余裕のある男であり続けろ。
今日も何度も心の中で自分に言い聞かす。
そう、何度も。
毎朝、何度も心に言い聞かせ押さえ込んでおかないともうどうしようもできないほど。
気持ちが育ってきてる。
そして今日もきっと育つ。
抑えきれない。
けれどアッシュはそれを決して認めない。
一族の命運を一人背中に背負って。
自分の気持ちに蓋をして、自分の理想とする余裕のある男の仮面を丁寧にかぶって。
今日も王女の元へと向かうために屋敷をあとにした。
*******
「それで? 王女様はいつになったら僕の求婚を受けてくれるのかな?」
昼下がり。
王女が入れてくれたお茶を手に取りながら、アッシュはニコニコと微笑んだ。
机を挟んで対面、3人掛けのソファにはルーナが。
机の横においてある1人掛けのソファにはユーフェミアが座っている。
・・・・・あ~・・・なに、これ・・・。
今までも何度もこうやって王女に迫ってきたのに、最近はやたら緊張する。
王女の、いやユーフェミアの返事が気になって仕方がない。
ちらっと、ユーフェミアがこちらを見た。
その視線が自分に向けられた。
そう認識しただけで、頬に熱が集中する。
違うだろ、そうじゃない。
こんなの気の迷いだ。
赤くなっているであろう顔を隠すために。
アッシュはなるべく自然に見えるようにカップへと視線を落とした。
王女は最近こうやってお茶をいれてくれる。
本当に自由だと思う。
自分の立場、ちゃんと分かってるのかな。
お茶をいれてくつろぐ奴隷なんてどこの世界にいるんだよ。
・・・・・・・・・まあ、本当は奴隷なんて名ばかりなんだけどね・・・・。
嫌がるルーナを無理矢理連れてきて、三人でお茶を楽しむ。
この時間が穏やかで結構好きだ。
ずっとこんな時間が続けばいいと思う。
・・・・・・・・・・どうあっても、無理、なんだけど・・・・。
強烈に混み上がって来る焦燥感。
気持ちを落ち着かせるために、コクリお茶を一口口に含む。
・・・・なに、これ・・・?
口に入れた瞬間口腔いっぱいに広がる苦み。
なんだか舌がぴりぴりする気がする。
これは飲んでもいいものなのか?
頭を過ぎる警戒心。
毒・・・?
いや、そんなわけはない。
ここに閉じ込められている王女が毒など手に入れられるわけがない。
毒に反応する茶器も反応していない。
なにより、ユーフェミアがそんなことをする人間ではないことは、もう嫌というほどわかっている。
であれば間違いなくこれは、ただのお茶。
ただし、味は物凄くまずい。
・・・・・・・まぁた、おかしなモノを作ったのかな・・・。
ユーフェミアは、本当に変わっている。
庭でよくわからない葉をつんできては、嬉しそうになにか作っている。
聞けば、アッシュが以前塗られた緑色の液体は火傷に効くんだそうだ。
奇行だと思われたそれは、日焼けへの対策だったらしい。
髪に塗っていたのも、美髪効果があるらしい。
であれば、今回のこの恐ろしくまずいお茶も、彼女自前の何かなのだろう。
ルーナが用意したこの屋敷に、こんなまずいお茶がもともと置いてあったとは思えない。
彼女の作った茶葉。
彼女が自ら入れてくれたお茶。
・・・・・飲まないという選択肢はない。
ゴックン。
・・・・・・・・うん、まずい。
後味まで独特。
こんな強烈な味のお茶、初めて飲んだ。
お茶、というよりも、むしろ・・・・。
「・・・・・・・王女さま・・・? えっと・・これって何のお茶・・・?」
そもそもこれは【お茶】なのか?
問い掛けながら、ちらっと対面に座るルーナルドに目を向けた。
そして目を疑った。
ルーナルドが。
あの警戒心の固まりのような男が。
これほど強烈な味のお茶を迷うことなく飲んでいる。
ゴクゴクと。
なんのためらいもなく。
アッシュでさえ一瞬毒なのでは、と彼女を疑ったというのに。
「はい、フルージエの根っこを乾燥させて作ったお茶。 名付けてフルージエの根っこ茶ですね」
「いや、それ、そのまんまだよね」
「はい、そのまんまですね」
ニコニコと王女は笑う。
感情の良くわからないいつもの微笑み。
けど、フルージエの根っこか・・。
「フルージエは根にも何か効能があるの?」
若葉は痛みを取る効果がある。それは周知の事実。
けれど、根に何か作用があるなど聞いたことがない。
「はい、根を乾燥させて空煎りしてお茶にしてこのように飲めば・・・・」
「飲めば?」
「肺の病に効きます」
ピクッと体が跳ね上がる。
同じように対面に座るルーナルドの体も揺れたような気がする。
・・・嘘、何で・・・?
ドクドクと自分の心臓の音がうるさい。
肺の病?
なんで?
なんでユーフェミアはピンポイントでそこをついて来るの?
これは偶然?
それとも何か知ってるのか・・・?
「へぇ・・。肺の病。・・ど・・うして、こんなお茶だしたの・・・?」
意識しているのに声が震える。
しっかりしろ、僕がこんなことでどうする。
表情から何か読み取れないかと探りを入れて見たけど、ユーフェミアはいつもと同じ穏やかな笑みを浮かべているだけ。
なにを考えているのかさっぱり読み取れない。
「・・・・どうして、とおっしゃられても。おいしく出来上がったので、召し上がっていただこうと思っただけですが?」
コテリと可愛らしく首を傾げるユーフェミア。
何かをたくらんでいるとかそんなふうにはとても見えない。
・・・・考えすぎ、か・・・?
以前のようにフルージエにはこういう使い方もある、とそうさりげなく僕に教えてくれただけ、なのか?
分からない。
社交が得意なアッシュを持ってしても、ユーフェミアがなにを思っているのかさっぱり読み取れない。
・・・なんにしろ、これ以上こちらから突っ込んで聞くのは得策ではないだろう。
話を変えるべきだ。
・・・・・っていうかさっき、聞き捨てならないワードがでてきたよね・・・。
「・・・・・・おいしく出来上がったの? これが?」
「え・・・? おいしく・・なかったですか?」
ぐっ・・・・・。
ずるいよね。
いつもニコニコ笑ってて感情を読ませないくせに、そう言うときだけわかりやすく落ち込んだ顔を見せるなんて。
これじゃあ、まずいなんて口が裂けても言えやしない。
「いや、うん、美味しかったよ。ごちそうさま」
「まあ、うれしいです。ではたくさん出来たので、これから毎日飲んでいただいてもよろしいですか?」
パッと顔一面に浮かぶ嬉しそうな笑顔。
いつもの作り物じゃない、本物の笑顔。
ディープゴールドの髪に縁取られたその顔は、本当にキラキラと輝いているようで・・・。
ぐ・・・・。
本当に彼女はずるい・・・。
こんな顔見せられたんじゃ、嫌だなんて言えない。
「・・・・・・うん、楽しみに・・・してる、ね?」
「はい!」
嬉しそうに返事をするユーフェミアの声に被せるように。
ルーナルドのはぁっとあきれたような重いため息が聞こえてきた気がした。
やはり奴隷は名ばかりでした。
誘拐理由は後程だします。
すこしでも気になったかた。
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