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運命の選択

 ユーフェミアの国アルフェメラスと、この国ハイエィシアは長く苛烈な戦争を続けてきた。年月にて300年以上。

開戦のきっかけは、アルフェメラスから輿入れした王女を、当時のハイエィシア王子が邪険に扱い心を病んだ王女が自ら命をたったこと。それも母国に、国に帰りたい、苦しい、寂しいと涙ながらの手紙を送った直後に、だ。

娘を溺愛していたアルフェメラス王はこれに激怒し、話し合いの場すら設けず自ら兵を率いてハイエィシアに攻め込んだ。

魔法大国アルフェメラスと剣術大国ハイエィシア。

300年以上続く争いの始まり、だった。


長く続く戦いに国は疲弊し、土地は痩せ、人の心を闇に染めた。

両国とももう限界をとうに超えていた。

それでも両国とも引くに引けず、どちらかを滅び尽くすまで戦争は終わらない。

そう思われた。希望などどこにもなく、ただ命令されるままに命を刈り取り、そして命を散らした。


それに異を唱えたのが、ユーフェミアだった。


戦争などやめて、和平を結ぼう、と。

殺すのではなく、共に歩めるように道を探そう、と。


何度黙殺されてもそう訴えつづけ、理想論だけでなく現実的な立案をもって。双方が納得する形を少しづつ探り、辛抱強く訴えつづけた。誰も無視ができない地位と、そしてそれを実現できる力と手段をもって。

いつしかそれは、理想論ではなく、両国の希望として持ち上がり。

そしてやっと3ヶ月後。

終戦の条約を交わすことになった。


なのに数日前、条約の締結前にハイエィシアを訪れてほしいとユーフェミアが名指しで呼び出された。

今の時期に何故、と誰もが疑問に思った。3ヶ月後にはユーフェミアも王と共にハイエィシアを訪れることになっていたのだから。

まだ正式な終戦条約は結ばれていない。

なにか特別な思惑があるのでは、と疑心暗鬼に捕われた。

それをユーフェミアは押さえ込んだ。

終戦を望むのなら、先に相手を信じるべきだ、とそういい自らハイエィシアに行くことを承諾する。

ただ、アルフェメラスの不吉な第二王子の噂は流れてきていたので、そこは徹底的に調べた。なにかことを起こすとしたら彼だろうと思っていたから。

血狂いというのが本当なら、大義名分をもって人を殺せる戦争は彼にとって終わらせたくないもの。武器商人と繋がっていて、私利私欲を満たしているとも聞く。

だから、最大限に警戒しあらゆる手を尽くしたのに結局はこうやって・・・・。


「さあ、どうする? 時間の無駄だ、さっさと決めろ」


血狂いの狂王子、ルーナルドがイライラしながら答を迫って来る。

死ぬか奴隷かの選択の答を。


奴隷になるなど絶対に嫌だ。この狂王子に一体なにをさせられるのかわかったものではない。

一体どれほどの辱めと屈辱を味あわされることか・・・。

嫌だ嫌だ嫌だ・・・。

絶対に、嫌・・・。


・・・・・けれど・・・。


━━━━━━・・・ここまで来て死ぬわけには行かない。


自分が今、この地で。このハイエィシアで死ねば、戦争の火種になる。やっと終戦にむけて動き出したのに。

やっと夢に一歩近づけたのに・・・。


ユーフェミアは震える手で、自分の首から下がっている【それ】を服の上から握りしめた。

確かに感じる存在感。いつも自分を奮い立たせてくれるもの。自分の大切な宝物。自分の大事な夢。

そのために、まだ・・・。


「私はまだ死ねない」


目の前の男が心底恐ろしい。こうやって向かい合っているだけで、威圧感で押し潰されそうだ。

空気が重い。恐怖で全身が震え、立っているのも難しい。

けれどユーフェミアは意地でそれらをねじ伏せ、まっすぐに顔を上げた。

喉を励まし、声が震えないように精一杯気を張って、相手を睨みつけながら選択の答を告げる。


「あなたの奴隷になります」

「・・・・・・・・・・」


たとえ奴隷に身を落としても。

それでも生き延びてみせる。


その答を聞いて一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、ルーナルドの表情が柔らかくなった気がする。口元が持ち上がり、目元が優しく細まった・・・・。そんな気がした。

けれど瞬きする間にその表情は消えうせ、また氷のような鋭く冷たいそれに戻ってしまう。


「・・・ほぉ・・・? いい度胸だな。ならば今からお前は俺の奴隷だ」


重くのしかかるような圧を込めた声。頭を押さえ付け、無理矢理ひざまづかせるような力を持った声が高らかにそう宣言する。

その瞬間、ユーフェミアの足元に淡く輝く複雑な模様が現れる。

ユーフェミアには見ずともそれがなにか分かった。

誓約魔法だ。

わざわざ主従の関係を徹底させるためにこんな面倒な手段を取るなんて。誓約魔法は術式が複雑で、正しく展開させないと発動しない。

アルフェメラスの宮廷魔術師でも、ここまで綺麗に、そして早く発動させられないのではなかろうか。


「さあ、さっさと跪け」


この術式の意味を知らないわけがないだろう、と。

無言の圧が飛んで来る。

 

この術は双方の合意がなければ完了しない。

受け入れてしまえば、ユーフェミアはその瞬間から彼の命令に逆らうことは難しくなる。

主に当あたるルーナルドが自ら契約を破棄するか、死ぬまで捕われつづける。


「戦争は絶対に終わらせてみせます」


誓約魔法を受け入れて、戦争を再び引き起こすような真似を命じられたのでは本末転倒だ。

ユーフェミアの言葉に、ルーナルドの瞳がゆっくりと細められる。


「おもしろい。 やってみせろ」

「戦争を終結させるため、そのために不利になることは一切しません」

「いいだろう」


ルーナルドが迷わず了承を示したことに、ユーフェミアは少なからず驚いていた。

なにも知らず誓約を交わし奴隷とした上で、ユーフェミアに戦争を誘発させるようなことをさせる事が目的だと思っていたから。

今の会話はすべて誓約に組み込まれる。

つまり、ユーフェミアの言葉に了承したことで、戦争誘発をユーフェミアが命じられることはなくなった。

しかしそれが目的でないなら、なぜ彼はこんな面倒なことまでして邪魔なユーフェミアをわざわざ生かしておくのか。


「・・・・・それから、周りの騎士達の命は助けてください」


思ったよりも話が通じそうなので、さきほどからずっと気になっていることを口にしてみる。

ルーナルドは今もまだ、倒れている騎士の一人に抜き身の剣を突きつけたままなのだ。


「・・・・・・。 ・・いいいだろう、命だけは助けてやる」


その答も意外だった。血狂いというくらいだから、すぐにでも全員殺してしまうと正直恐れていたのに。


「本当に?」

「ああ、命だけはな」


その言い方には正直引っ掛かりを感じる。けれど敗北者であるユーフェミアにはそれくらいの温情をかけてもらう事しかできない。


「・・・・ちっ、面倒だな。 もういいだろう、さっさと跪け」


声の質が明らかに変わった。

苛立っているのがわかる。周りの空気が一段階下がった気さえする。

もうこれ以上、引っ張ることも、条件を良くすることもできないだろう。


もうとうに覚悟は決めたはずだ。

どんなことをしてでも、自分の夢のために生き延びるのだ、と。

ユーフェミアは、ゆっくりとその場で両膝を折った。そして、頭をたれる。


「・・・・・・・・・誓約・・・いたします・・・」


気を張って精一杯強くあろうとしたはずなのに、声が震えた。

情けない、それでも一国の王女か。


「・・・・・・・・・。 誓約完了だ」


ルーナルドの、感情を一切のせない冷たい声が頭上から降って来る。

その瞬間足元の魔方陣が輝きを増し、閃光となってユーフェミアの左胸を貫いた。


閃光は体中を駆け巡り、激しい痛みと体が焼けるような熱さをもってユーフェミアに襲いかかる。

余りの衝撃にユーフェミアの体は一瞬硬直し。

そうして糸が切れた人形のように力無く前のめりに倒れていく。

どさっと体に軽い衝撃を感じた後。ユーフェミアの意識はどこか暗いところに落ちていった。



こうしてアルフェメラス王国第一王女ユーフェミアは、血狂い王子の奴隷になる選択をした。


そしてそれが自身とそして両国の運命を大きく変えることになる。











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