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異常者

さて・・・。対して大きくもない畑を三日もかけて丁寧に耕して。

一体なにがしたいのかな、この王女様は・・・。


いぶかしむアッシュの横で、王女が一つ一つの畝を丁寧に点検している。時々もう一度鍬を入れて畝を作り直しているから、気に入らない箇所でもあったのだろう。


ちなみに、全てアッシュが耕しつくった畝だ。


・・・・・・・なんだろう、ちょっと傷つくな・・。


でも初めてなんだからしょうがない、うん。


そう自分を慰めて。


そういえばあの王女はやけに手慣れていたなと、今更ながらに気がついた。


箸より重いものなど持ったことがないようなほっそりとした腕。

日の光を浴びながらの作業などしたことがないような白い肌。

コルセットを嵌めてもいないのに折れそうなほど細い腰。


一見して、あれほど重い鍬を振り回せるとは思えない体。


なのに、彼女は自ら鍬を振り下ろしせっせと畑を作りつづけた。

土で、服どころか顔が汚れるのも気にせず。

土の中からでてきた虫に、悲鳴を上げるどころか「とてもいい土です」と嬉しそうに歓声まであげて。

アッシュの2倍の量の畝を完成させた。


一体何のためにこんなことをしているのか全く理解できないが、その根性は称賛に値する。


「公爵様、お願いした肥料と魔石落ちを持ってきてはくださいませんか?」


数日前に、王女がアッシュに揃えて持ってきてほしいと頼んだ数種類の肥料。

高額なものなど一つもなく、市井でも簡単に手に入るような安価なものばかり。

どの国でも使われている一般的な肥料だったから手に入れるのはしごく簡単だった。

問題なのは、頼んできた肥料の種類の多さだ。


全部で15種類、しかも全て量を細かく設定されていた。


もちろんアッシュ本人が市井に買いにでたわけではなく、使用人に任せたのだが。

余り表情を顔に出さない優秀な執事でさえ、王女から預かったメモ書きを渡したときは顔を引き攣らせていた。


そしてもう一つは、魔石落ち。


魔石とは、この世界に溢れている魔力を存分に含んだ石のことで術式を組み込み作動させることで様々なことに使えるようになる。

日魔法を組み込めば、暗闇で灯となってくれるし、風魔法を組み込めば水上でも舟を動かす動力となってくれる。

もっと高位な使い方になると水魔法と火魔法を組み込んで、お湯が出るようにしたり。

水魔法と風魔法を組み込んで汚れた衣服を洗ったりと使い方は様々だ。


魔石はこの世界で生活していく上でなくてはならない大事な道具。

そして魔石落ちとは、微力な魔力しか含まないただの石ころ。

こちらは安価どころかそこらじゅうに落ちているから、ただで手に入る。


嫌な予感を感じつつ、アッシュは言われた通りに大量の肥料と魔石落ちと運んだ。


そして、言葉を失った。


「え・・・・。もしかしてそれを植えるつもり・・・?」


そうではないかと実は思っていたが、そうではないといい、と願ってもいた。


王女が、懐から丁寧に取り出した木箱。

見覚えがある。

それもそのはずだ。

あれを用意し、王女に渡したのは紛れもなくアッシュ自身。

この国どころか、世界中で大変希少と言われているフルージエの種。

それをこの王女は、たった今完成したばかりのこの畝に植えようとしている。


・・・まってまって。そんなやり方では全滅してしまう。


気温と湿度を徹底的に管理し、決められた量の水をあげ、大切に大切に育ててやらないと、芽は出てこない。

それどころか、種が腐り土を汚してしまうため、その畑は向こう一年は作物が育たなくなる。

フルージエは栽培が難しいところも厄介だが、さらに厄介なのが栽培に失敗し枯らしてしまったその後なのだ。


「公爵様、よく見ていてくださいね」


焦るアッシュを笑顔で押さえ込んで。

王女は指であけた数センチほどの穴にフルージエの種を植えていく。


種はすでに王女にあげたもの。

その使い方を今更とやかくいうなど、間違っている。

わかってる。

けれど、希少な種をそんなぞんざいに扱われれば反発心も出てくる。

あれは本当に希少な種。うまく育てられれば、何人もの人間が痛みから解放された。今だ戦争の爪痕は色濃く残っている。片足を失ったものや、目を潰されたものだっている。

フルージエの薬を彼らに与えてやれれば、どれだけ心安らかになったことか。


なのに、自分が公爵の権限を振りかざしその希少な種を持ち出した。


こんな・・・。

こんな、わけの分からない使い方をされて、使い捨てられていいような代物では決してないのに。


ああ、そうか・・・。


せっせと楽しそうに種を植えつづける王女の姿に、アッシュの心がゆっくりと冷えていく。


この女は異常者だ・・・・。


希少な種と知りつつこんなわけの分からない真似をするような女・・・。


植え終わった種に振りかけるのは、誰でも手に入れられるほど安価な肥料。

それだけでは飽きたらず、王女は畝の両脇にクズ石をまきだした。


「・・・・・・・・・」


違う。

使うのは最高級メチオ産の無機質肥料。

四方を魔石囲み、撤退した温度と湿度管理。

専門家でないアツシュですら知っている。

それがフルージエを育てるときの世界の常識。


ご機嫌な王女によって、安価な肥料の上に大量にまかれる水。


違う。

水の量もきちんと管理してやらないと種がすぐ腐る。


「さあ、これで大丈夫ですわ。公爵様、お手伝いありがとうございました」


狂った王女がアツシュを振り返りニコニコと微笑む。


・・・・なにが大丈夫なものか。

貴重なフルージエの種はたった今失われた。

この瞬間にも腐り始めているかもしれない。


なんて女だ・・・・。


心の底から嫌悪感が沸き起こる。


けれどだめだ。

自分は誓ったのだ。

どんなことをしてでもこの女に取り入り呪いをとく、と。



荒れ狂う心をぐっと押さえ込んで。


アッシュは、ただひたすらに心を殺した。











                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                









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