乱入者
共に戦ってくれ、と。確かにそういったはずなのに。
なのに蓋を開けてみれば、ルーナルドはユーフェミアを戦わせたりしなかった。
いや、違う。戦わせないと言うよりも、正確に言えば人殺しをさせなかった。
ユーフェミアが人を切り殺さずにすむように後ろにまで気を張り、決定的な一撃をユーフェミアに入れさせないようにしている。
汚れ役を一身に引き受けてくれている。
なぜ、と問い掛ける必要なんてない。
ルーナルドはこんなに追い詰められた状況でなお、ユーフェミアの体だけではなく心まで守ろうとしてくれている。
覚悟を決めてこの戦いに参戦したユーフェミアを。
さらに大きな覚悟をもって傷つかないように守ってくれている。
その優しさに泣きたくなった。
そして同時に悲しくもなった。ユーフェミアでは共に並び立てない。ルーナルドにとってユーフェミアはあくまで守るべき対象であり、同等には見てもらえない。
小さな寂しさと憤りを感じるが。が、それを問いただす余裕は実のところ全くなかった。
周りを取り囲む数十の兵士達。
彼らの動きがおかしいことはわかっていたけれど、実際相手取ってみるとその異様さがより不気味に浮き出てきた。
人としての限界を超えた動きをしてくる。
普通であれば自分の体が傷つかないように無意識に力をセーブするものだけれど。
彼らはそんなこと全く気にせず、体が壊れるのも構わずに向かって来る。
足止めが効かない。一撃一撃が信じられないほど重い。
この猛攻を先程までルーナルド一人で持ちこたえていたなど信じられない。
自分に向かって振り下ろされた大剣を剣を横にして、受け止める。
重い。これでは腕力の差がありすぎる。まともに受けていては駄目だとわかっているのに、相手の動きの読みづらく後手後手に回ってしまう。
こちらの攻撃にもひるまない。確かにこれは首を斬らないことには止まらない。
そう思ったとき。
ヒュゥ、と。背中ごしに笛のなるような音が聞こえた。
ドクっと心拍が上がる。嫌な予感がして、状況も忘れユーフェミアは後ろを振り返った。
「・・・ルーナルド・・さま・・・?」
ゴホッと苦しそうな音とともに、ルーナルドが口元を押さえた。
添えられた手の、指の間から真っ赤な血が流れ落ちていくのがいやにゆっくりと見えた。
数日前に見た、苦しそうに顔を歪め何度も何度も血を吐いていたルーナルドの姿が脳裏に浮かび、頭が真っ白になる。
すぐ目の前で敵が剣を再度振り上げていたのに、それにすら気付かずにユーフェミアはただその場に立ち尽くした。
「・・・・ユフィ・・・」
ぐいっと口元を袖口でぬぐったルーナルドが、ユーフェミアの名を呼んだ。
その静かな呼びかけにハッと我に返ったユーフェミアのそのすぐ側で、ルーナルドが振るった白刃がきらりと光る。
一泊遅れて。
ユーフェミアの正面に立ち剣を振り上げていた敵兵の首が飛んだ。
「・・・・大丈夫だ・・・」
だから目の前の敵に集中しろ。
後の言葉は続かなかったけれど、ルーナルドの目がそういっている。
そうだ、ユーフェミアはルーナルドの助けになるために来た。
決して足手まといになるためじゃない。少しでもルーナルドの負担を軽くしないといけない。
そう、思った時。ユーフェミアに向けられていたルーナルドの視線がすーっと不自然に動いた。
その視線はユーフェミアから外れ、群がる兵士達からもさらに外れて。
その奥に広がる森をじっと鋭い目で睨みつけている。
いったい、何が・・・?
ユーフェミアはルーナルドの視線を追って、無意識に顔をそちらを向けた。
それとほぼ同時に。
森の中から大勢の人間が姿を現した。
数にして100人弱くらいだろうか。
綺麗な隊列を組んで進行して来る彼らは、動きが統一していてとても統制が取れている。
どうみても訓練を受けた屈強な兵士達だ。
兵士を率いて先頭を歩いて来るのは指揮官だろう。
一人だけ纏っている雰囲気が全く違う。
服装はとてもシンプルで特段華美、というわけでもなのに存在感が飛びぬけている。
彼らの動きをルーナルドが明らかに警戒している。
今までと同じように攻撃にも防御にも隙はないのに、視線はずっとそちらを気にしたまま。
ルーナルドの反応を見る限り、今現れた集団は味方ではないのだろう。
ユーフェミアも見知った顔はいない。
であれば考えられるのは、敵の増援・・・?
今ここで?
今でもぎりぎりだったのに・・・?
そう思ったところで、ユーフェミアは気がついた。
圧倒的な圧を放つ指揮官らしき男。
見るからに有能そうなその男の外見が・・・。
・・・・・・・似てる・・・。
ルーナルドに。
紺色の髪に、切れ長の美しい瞳。芸術品のように綺麗に整った顔。
陶器のような白く統べらかな頬に、少し小さめの口。
スラリとした体はルーナルドよりも随分と細身だけれど。
その顔立ちはルーナルドによく似ている。どうみても血縁関係がある。
であれば・・・・・。
第三王子カーティス。
異母兄の第一王子とは違う。正真正銘ルーナルドの実弟。
おもわずチラリとルーナルドに視線を向けたユーフェミアは、憎々し気に歪んだルーナルドのその表情に息を飲んだ。
彼のこんな顔は初めてみた。
いつもほとんど表情が動かないルーナルドが、ここまで感情を現すなんて余程のことだ。
『家族の誰にも必要とされない』『憎まれてさえいるんだ』
そういって苦しそうに泣いていたエト。
今でもその関係は変わっていないのだろうか。
もしそうなら、あの第三王子はルーナルドの敵としてここに現れた?
ユーフェミアが見つめる中、カーティスがゆっくりと顔をこちらに向けた。
その視線は一度ルーナルドを見て、そしてユーフェミアへと向けられた。
それなりに距離があるのに目が合った。
その瞬間強烈な既視感に襲われた。
険のある視線、細められた目元に、不服そうに引き結ばれた口元。
確かにその表情には見覚えがあった。でもどこでだったか思い出せない。
「ユフィ!」
カーティスが腰に下げていた剣をおもむろに引き抜いたのとほぼ同時に、悲鳴のような切羽詰まった声で名前を呼ばれて。強引にルーナルドに体を引き寄せられた。
ルーナルドの両腕が、ユーフェミアをかばうように強く抱き込む。
そのルーナルドの肩越しに、カーティスが抜き身の剣を上から下へと降り抜いたのが見えた。
何かの魔法か、それとも単純に魔力を纏った剣撃か。
ブワッと強烈な衝撃波が一瞬で襲いかかってくる。
強風に煽られ、ルーナルドに借りた外套がバタバタと揺れる。
足を踏ん張っていないと飛ばされてしまう程の強風。
それでもなんとか持ちこたえれたのは、ルーナルドがかばってくれたからか、それとも・・・、
周りを囲んでいた敵兵達が、次々と後ろへと吹き飛ばされていく。
ようやく風が収まった頃には、そこに無事にたっていられたのはルーナルドと、その腕に守られていたユーフェミアだけで。
兵士達は体をズタズタに引き裂かれて離れた場所でうずくまっている。
先ほどまでの経験上、すぐに起き上がってこちらに向かって来るんだろうけれど。
それでもこれは・・・。
ユーフェミアはルーナルドの腕に守られながら、カーティスへと視線を向けた。
あれほどの範囲攻撃、そしてあれほどの威力の衝撃波。
周りは皆吹き飛ばされて、体をズタズタにされたのに。
ルーナルドとユーフェミアだけは、強風に煽られただけ。
これは、ルーナルドがかばってくれたからなんの被害も受けなかったのか。
それとも。
最初からルーナルドとユーフェミアは攻撃対象外だったのか。
けれどあれほど密集していて、そんなに器用に二人だけ攻撃が当たらないようにできるものだろうか?
普通に考えれば不可能だろう。
けれど才能の固まりのようなルーナルドの、その弟ならば。
彼もルーナルドと同じように秀でた才能を持っているのなら、そんな神業も可能なのかもしれない。
でもなぜ・・・?
カーティスに向けるルーナルドの表情はずっと険しいまま。
正確にいうなら先程よりもさらに厳しい顔つきをしている。
この顔をみて、二人の仲が良好だなどとはさすがに思えない。
剣を降り抜いたままの姿勢からゆっくりと態勢を戻したカーティスは、そのまま剣を鞘へと戻した。
それはつまり、攻撃の目的をもう果たしたと言うこと。
ルーナルドとユーフェミアはまだこうして立っているのに。
カーティスの真意がわからない。何がしたいのか、何をしにここに来たのか。
探るようにカーティスを見つめつづけるユーフェミアの視線が気になったのか。
じろりとカーティスに睨まれた。また目が合った。
不服そうな目。不機嫌そうに寄る眉。ヘの字に曲がる口元。
『うるさいブス! あっちに行け!』
頭の中で不機嫌さを隠そうともしない甲高い声がして。
あ、と思ったと同時に思い出した。
そうだ、彼はあの時の・・・・・。
カーティスがゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
後ろに綺麗に隊列を組んだまま進む兵士達を引き連れて。
ルーナルドがそっとユーフェミアの体を離し、一歩前に踏み出した。
その背中にかばわれながら、ユーフェミアはじっと第三王子を観察し続けた
もし彼があの時のあの子なら。
きっと目的は・・・。
読んでくださりありがとうございました。




