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第一話 【梅雨の明けの夏】

【20××年 7月1日】




 夏とは分かっていても蝉の声が耳障りで仕方がない。

 梅雨明けして暑さも一段とまし、そのせいか蝉の合唱も増したように思える。

 午後の暑さに汗が滝のように流れ出す。夏になったばかりだというのにまるで猛暑のようだ。

 年老いた先生の授業も長々と話しているせいで蝉と同様に正直耳障りだ。


(あぁ……早く終わってくれないかな……)


 僕の席は一番左後ろの窓辺側。

 ちょうどこの時間は日陰になっており、中央に座っている奴らよりは風通しも良くそこそこ心地いい。

 だが一分一秒でも早くこの席から離れたい。

 僕は窓の外をぼんやりと見つめる。そこにはグラウンドでソフトボールをさせられている他のクラスの奴らがいた。


(こんな暑い日に……ご愁傷様)


 何って思ってみるが実際心底どうでもいい。


「……えー次のところをー……。名倉、読んでくれ」


 先生から僕へ教科書を読むように指示をする。

 僕は軽く「はい」と返事をし、メガネの位置を直して教科書を持って淡々とそれを読んだ。




 僕、名倉(なぐら)(ひかる)。高校二年生。

 黒髪、黒縁メガネ。他の男子生徒と比べて肌は白く、男の中では華奢な方な体つきをしている。勉強も運動も普通。強いて言うなら趣味は音楽鑑賞と読書。

 人付き合いも苦手でなんの取り柄もない。ただ平凡に暮らす普通の高校生。

 クラスで大人しいが故についたあだ名は苗字を文字った『根暗ねぐら』。別に気にもしてないからどうでもいい。




 先生が席に着くように指示するまで僕は一度も右隣の席を見なかった。

 そして席に座ってもただ窓の外を見ているだけ。

 誰も座っていない空っぽの席。

 ただ机の上には花瓶に入った菊の花が飾って置いてあるだけ。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






 授業の終わりのチャイムがなると同時に先生に礼をし、教室から立ち去った瞬間。時間が動き出したように教室がざわつき始める。

 少しして現れた担任が簡単な連絡事項を述べてHR(ホーム・ルーム)も順調に終わった。

 僕はカバンを持ってさっさと教室を出ようとした。が、一人の男子に止められた。


「ちょっと待てや、名倉」


 男子生徒は細身な僕とは裏腹に、ガッチリなタイプだった。

 入り口を塞ぐように立っている(さま)に、少し苛立ちを覚える。


「……何?」


(邪魔しないでくれ。今にも息が詰まりそうなんだ)


 僕は不機嫌な顔を隠すことなく男子生徒を睨みつける。


「なぁ、名倉……。お前……」

「おーい、山田ー!そこにいたかー!」


 目の前にいる男子生徒……(もとい)山田は、何かを言おうとした。が、廊下にいた別の男子生徒に呼ばれた為に何を言ったのか最後まで僕には聞こえなかった。


「……何?急いでいるんだ……退いてくれる?」

「あ、いや……その……」


 山田の言葉はどこか歯切れが悪い。

 だがもう限界だ。僕は今にも吐き出しそうだった。

 山田は僕の顔色を見るなり「スマン、邪魔したな……」と言って黙って道を開ける。

 僕は駆け出したくなるくらい早足で教室を出た。

 後ろの方では山田が自分を呼んだ男子生徒に怒鳴っているのが聞こえる。

 だが僕にとってはどうでも良い。

 玄関で急いで靴に履き替える。校門を出た所で深呼吸。


(本当に息苦しいんだ……教室(あそこ)は……)


 校門を出て深呼吸をしたら、そのまま家への帰路についた。

 今の時間は午後三時時過ぎ……蝉の声は相変わらず五月蝿い。

 外は教室なんかよりも遥かに暑く、また更に汗が滝のように流れ出す。


(頭がボーッとしてきた……)


 とりあえず近くの自販機で何か冷たい飲み物でも買ってこう。

 汗のせいで髪が首にへばり付く。カバンから出したタオルで軽く汗を拭う。


(髪……ちょっと切ろうかな……?)


 男にしてはやや長めの、毛先に少し癖が入った黒髪。

 数少ない木陰を伝いながらそんな事を考える。

 しかしちょっと考えたが短く切りすぎてバカにされた黒歴史を思い出したのですぐに考えを辞めた。


(夏は暑いけど……このくらいで良いかな……)


 前髪を少しいじりながらそんな風に考え直す。

 やけに五月蝿い蝉の声は一向に鳴き止まない。


(もうすぐ夏休みか……。()()()が死んでもう……)


 無意識のうちに足が止まっていた。

 ハッと我に返ると自販機はもうすぐ目の前だった。

 カバンから財布を取り出す。

 持ち運びが楽な、冷えたペットボトルを選ぶ。

 スポーツドリンクのボタンを押すと瞬時にボトルが落ちてきた。

 取って首に当てる。


 暑さのためヒドく気持ち良く感じる。

 ため息をついて冷たさを一時感じたら、キャップを開けて飲んだ。

 暑くて喉が渇いていたため、スポーツドリンクの冷たさが身体に染みて心地いい。

 四分の一ほど飲んだら、キャップを閉めてカバンに入れる。

 とりあえずこれで脱水状態にならずに済んだ。


 少し汗を拭って再び帰路に着く。

 何時もなら二人で歩いていた帰り道…。

 もう二度と二人で歩くことはないと分かっていても望んでしまう。


(もし……願いが一つだけ叶うなら……)


「―――――」


 極僅かな声で呟いた。

 だがその言葉は誰の耳にも聞こえずに蝉の声でかき消された。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






「ただいま」


 玄関の扉を開けながらそう言うと、僕は靴を脱いで二階の自室に上がる階段の手すりに手を掛ける。

 奥の方から姉が「あ、光おかえりー」と言いながらパタパタと走ってくる。


「ねぇ、外、どのくらい暑かった?」

「まだ昼と全然変わんない」

「そっかー……ねぇ、光。晩御飯、今日は何食べたい?」

「うーん……サッパリした食べ物。暑くて疲れたから」

「冷やし中華とそうめん、どっちが良い?」

「冷やし中華」

「分かった。じゃー今から麺を打つね♪」

「うん、分かった……」


 僕はそれを聞いて階段を一段上がる。

 そして考える。


「……待って姉さん!」


 台所へ向かうと、姉は「さぁ!頑張るぞー!」と言いながら袖を捲っていた。


「ん?」


「なぁに、光?」と言わんばかりの顔で振り向く。


「何で今から麺を打つの!?時間かかるよ!?」

「大丈夫。大丈夫♪ちゃんと晩御飯までには打ち終わるから~!晩御飯には降りてきなさいよー?」


 そう言うと姉は戸棚から計りを取りだした。


「大丈夫かなー……?」


 僕は不安に思いながら階段を上る。

 我が家の夕飯は午後七時半ジャストである。


 この家には僕と年の離れた姉、名倉(なぐら)(ほたる)の二人で暮らしている。

 両親は僕が小さい頃に事故で他界。姉は女手一つで僕を育ててくれた。

 ついでに姉の職業は美容師。個人経営している叔母の元で働いており、今日は休みだった。


 自室のドアを開けて中に入り荷物を机の上に置く。

 汗でベタベタな体にシャツが張り付いて気持ち悪い。


(うわぁ……少しシャワーでも浴びようかな……?)


 下に降り、台所のドアの前で姉に声を掛ける。


「姉さん、先にシャワー浴びて良い?」

「ん~?良いわよ~」


 台所のドアを開けなかったのは、台所で『バンバン!』、『ドンドン!』と凄い音と返事をした声とは裏腹に姉の「おりゃあああぁっ!!」と言う奇声が聞こえたからだ。正直に言うと怖かったのが本音だ。


 上に上がって着替えを持ち、すぐに下に降りて洗面所へ行く。

 持ってきたのは薄手のTシャツにハーフパンツと言うラフな格好の服の組み合わせ。

 服を脱いですぐさま頭からシャワーを浴びる。

 ベタベタした汗を水圧で落として洗い流す。

 サッパリしたらタオルで身体を拭いて、さっき用意した服を着てメガネをかける。


 髪をタオルで拭きながら洗面所を出る。台所の方へと視線を向ければ、先程の音と奇声は止んでいた。

 僕はホッと息をついて部屋に戻ると、カバンから宿題を取り出す。机に向かって椅子に座ると、いつもすぐ近くに置いてあるヘッドホンを耳に着けて外部の音を遮断する。

 シャープペンシルを持ち、無心で教科書とノートへ手を伸ばして問題を解く。




 それはまるで、現実から逃げるように……。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






「光!ご飯出来たってば!!」


 ヘッドホンを外され、姉の声が耳元で響いた。


「もう……音楽聴きながら寝ないの!」

「あ……うん……」


 机に突っ伏していた僕は、どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。目を擦れば、姉さんが「メッ!」と僕の鼻の前に指を突き出した。


「……今年で二十六歳のいい大人が子供みたいな……」

「光?な・ん・か、言ったかな~?」


 笑顔なのだがどことなく後ろに黒いオーラ……というか鬼が見える。


「な、何も言ってないよ!姉さん!!」

「そう?なら良いけど。もう出来てるんだから早く降りてきてよ?」


 そう言うと姉は部屋を出て行った。聴いていた曲を止めて僕も部屋を出る。


 姉は元レディースの総長…所謂(いわゆる)元ヤンだ。

 普段は穏やかなのだが、怒ると非常に怖い。だから怒らせない事に越したことはない。


 階段を降りてリビングに行く。

 テーブルの上に皿が二枚。

 その上には僕が所望した冷やし中華が盛り付けてある。


(一体どうすればこんな短時間で麺が打てるのだろうか……?)


 そう疑問に思いつつ、僕は箸の用意をする。

 姉は麦茶とコップを二つ用意し、座って注ぐと僕にその一つを手渡す。僕は受け取ると、代わりに姉の分の箸を渡した。

「いただきます」と、手を合わせて食べ始める。


(短時間で打った麺の割には旨い……凄いな姉さん……)


「どう?美味しい?」


 姉が笑顔で聞いてくる。


「うん、美味しいよ。どうやって作ったの?」

「ん~?ヒ・ミ・ツ♪」


 ウインクしながら言われる。今年で二十六になる大人が…。


「光?何か言ったかな~?」

「いや……何にも…」


 笑顔の脅迫が怖い。


「ん?なら良いんだけど」


 姉は頷くと麺をすする。自分で打った麺に満足そうに笑顔を見せた。


 半分ほど食べ終えた時、ふと姉が言った。


「そういえば光。学校の方はどう?楽しい?」


 その言葉に一瞬、僕は箸の動きを止める。そして慌てて皿を空にし、麦茶を飲み干し皿を流し台に運ぶ。


「……じゃ、宿題があるから」


 そう言って足早に階段を上る。

 自室のドアを開けて中に入り、勢いよく閉めて座り込む。


(……こんなんじゃダメだ…)


 分かっているけど耐えられない。


 明日もまた、繰り返す。罪悪感と後悔の渦の中での学校生活…。

 ここで行かなかったらそれこそ逃げているようだ。

「僕がアイツを殺した」

 コレは逃れようも無い現実。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






「はぁ…やっぱりまだダメかぁ…」


 蛍は缶ビール片手に溜め息をついてそう呟いた。


(大切な弟……光の為に出来る事はあるだろうか……?)


 蛍は悩む。だが悩んでも自分に出来る事など何にもないと悟る。


「ただ今を生きてくれれば……」


(光……私はそれだけが願いなのよ)

やや季節外れですが、ゆったりと更新したいと思います。


よろしくお願いします!

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