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 彼女と別れることになる文化祭まで残り六日、その間、いくらでもチャンスがある、と思い込んでいたのだけど、それは浅はかで独りよがりの考えだったようだ。


 翌日、彼女は学校を休んだ。

 風邪を引いたらしい、とメッセージで聞いた。

 お見舞いに行こうか、というメッセージも既読にはなるが、返信はこなかった。

 答えはノーということなのだろう。


 彼女の家にはお手伝いさんがいて、看病してくれるのでなんの問題もないと思うが、貴重な時間が浪費されると思うと、残念だった。


 その後、三日間、彼女は学校を休み、四日目には登校してきたが、学校では特に話すことはなかった。


 元々、僕たちふたりは学校では友人とも呼べないような素っ気ない関係で、昼食も別々にとることが多かったのだ。


 それではいけないとこの時間軸では積極に改善しようとしたが、いかんせん彼女は病み上がり、肝心の食欲がなく、おしゃべりをする気力もないようだ。


 無理強いすることはできなかった。

 僕は焦りながら残りの時間を過ごした。

 こうなったら文化祭当日に懸けるしかない。


 幸いと文化祭は一日、彼女と一緒に回ることを約束していた。これは前の時間軸でも同じだ。


 文化祭の日程が決まった当初から、「一緒に回ろうね」と約束していた。


 高校三年生最後の文化祭で、三年生は客として楽しむだけだし、高校時代最後の思い出になればいいと当初は話していたが、当時、まさかその日に振られるとは夢にも思っていなかった。


 この時間軸では振られないといいが、さて、今回はどうなるだろうか、その辺は未知数であった。


 こんなとき、女性の心理の分かる友人がいて、相談できればいいのだけど、残念ながら僕に友人は少ない。いや、皆無と言ってもいいかもしれない。


 スマホの連絡帳は自分でも引くくらい少ない。

 その少ない項目の中、唯一、相談できそうなのは姉であったが、姉に相談は難しい。


 恥ずかしいからではなく、姉に世界軸やタイムスリップという単語を使わず状況を説明する自信がないのだ。


 それらを省くと、支離滅裂な狂人の戯言にしか聞こえない相談になるはず。

 悩んでいると、ぴこん、とスマホから音がした。

 渡りに船、というか、絶妙のタイミングで、相談できそうな人物から連絡があったのだ。

 その人物とは僕の連絡帳に記載されている家族と葉月以外で唯一の女性、『未来』だった。


 僕に『過去に遡る能力』を伝え、渋谷で事故に巻き込み、過去に送り込んだ少女から、連絡があった。


 連絡してくれるのならばもっと早くしてほしかった。


 こちらとしては本当にここが過去なのか、精神だけ過去にやってきたのか、色々と確認したいことがあったのに。


 そんな悪態を心の中でつくと、僕はメッセージを開いた。


『おひさー』


 相変わらず軽いのりであるが、気にせず返答する。


「お久しぶり。未来さん」


「あー、未来さんだなんて他人行儀はいいよ、未来で」


 実の恋人ですら呼び捨てにするのに数年も掛かったのに、見知らぬ女の子を呼び捨てするのはハードルが高い。


 謹んで辞退すると、彼女に尋ねた。


「過去にタイムスリップしてから連絡がなかったようだけど、どうして?」


「それは過去と波長を合わせるのが大変だから。それに時空を超えた通信は、通信料が高いから」


 まじか。過去との通信は料金が高いのか。そう返答すると、彼女は即座に冗談だよ、と顔文字を添えて送ってくれた。


 元々、高くない信頼度がさらに揺らいだが、それでも僕は彼女に助言を求めた。

「君に助言を求めたいんだけど」


 そう切り出すと、彼女はいいよ、とあっさり言った。


「過去を改変し、あなたに幸せになってもらうためにわたしは存在するんだから。なんでも言って。気前よく答えるよ」


「じゃあ、単刀直入に聞くけど、文化祭当日、彼女に振られないようにするにはどうすればいい?」


「ああ、それね。それは無理」


「無理って……」


「定められた未来は容易に変えられない。たぶんだけど、北原葉月は数ヶ月前からあなたと別れる決意をしていたはず」


「……そんなに前から」


「でも、勘違いしないでね。北原葉月はあなたのことが嫌いで別れるわけじゃない」


「どうして君が彼女の心まで分かるの?」


「それは秘密。というか、あなたが分からなすぎなだけじゃない? この前もふたりで映画を見たんでしょ」


 なぜそれをとは言わなかった。言ったとしても教えてくれないだろうし。


「そのとき、北原葉月とあなたはキス一歩手前まで言った。強引に迫ればそれ以上の関係になれたかもしれないけど、あなたはなにもしなかった」


「いくじなしだからね」


「そうかもね。でも北原葉月はあなたのそのいくじなしのところが好きなの。自分を絶対に傷つけないから、どんなことがあっても守ってくれるから」


「…………」


「北原葉月はあなたのそのへたれな性格すべてが好きなんだよ。でも、だからこそ別れるの」

「言っている意味が分からない」


「でしょうね。北原葉月も分かってないんだもの」


 ますます分からなくなったが、彼女は続ける。


「でも、これだけは分かる。北原葉月は文化祭の日に別れを告げる気だけど、別れは望んでいない。ずっとあなたと一緒にいたいはず。だから別れを回避するなんて簡単だよ」


 未来はそこで一呼吸置く。


「ぎゅうっと抱きしめて、愛してる、別れないでくれ、と言えばいい。君が二年前には言えなかった台詞」


 ついでにそのとき、接吻のひとつでもすれば彼女は君に惚れ直すかもね、と彼女は戯けるが、僕にはそのメッセージは目に入らなかった。



「愛している、別れないでくれ、か――」



 たしかに僕はあのとき、なにも言わなかった。

 彼女のことが好きだとも、別れたくない、とも言わなかった。

 ただ、彼女に言われるがまま、別れを受け入れた。

 恋愛とはどちらかが冷めた時点で成立しない、と思っていた僕。

 それに未練がましく復縁を迫るのも格好悪いと思い込んでいたのかもしれない。


 僕は彼女の気持ちを優先したと思い込んでいただけで、なにも考えていなかったのかもしれない。


 そう思った僕の中に勇気が芽生える。

 今度こそ、彼女の別れを拒もう、と。

 嫌がるかもしれないが、彼女を抱きしめ、離さないようにしよう、と。

 そう決意した僕は文化祭当日を待った。


 実のところ、過去に戻って以来、その日が来るのを恐れていたけど、今は恐れを感じなかった。


 一刻も早く当日を迎え、彼女に伝えたかった。

 自分が彼女のことを好きなことを。

 ずっと一緒にいたいという気持ちを。

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