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 時計を見ると時間は三時を過ぎていた。

 どうやら授業はすべて終わったらしい。


 部活動に所属していない彼女。また高校も三年生で文化祭もあまり関係ない彼女は、そのまま家に帰ることを提案する。


 いつものようにふたりで帰ろう、と彼女は言っているのだ。

 高校時代、僕と葉月はこうやってふたりで一緒に帰った。

 帰り道、好きな映画の話をしたり、ツタヤに立ち寄って新作をチェックしたりした。

 互いの家で映画を見る、だなんて恋人のような真似事はしたことない。


 ふたりはツタヤで同じDVDを借り、同じ時間に再生し、その後、メッセージアプリで感想を言い合ったりした。


 今にして思えばひどく非効率で不経済だと思うけど、そのときはそれが最良だと思った。


 彼女の家で映画を見れば、彼女の母親と鉢合わせするかもしれないし、僕の家で見れば姉に見つかる。


 彼女の母親は男女交際に厳しいらしいし、僕の姉は弟が彼女を連れてくればはやし立てるに決まっていた。


 母親に報告し、家族全員から質問攻めに合うのは必定であった。


 それを回避するため、当時はそのような遊びをしていたのだけど、今ならばそんなまどろっこしい真似はしなくても済むかもしれない。


 高校時代の僕のメンタリティは田舎の中学生に毛が生えた程度であったが、大学生になり、東京で暮らし始めた僕は、都会の高校生に毛が生えた程度にはなっている。


 思い切って彼女を自宅に誘い、一緒に映画を見るくらいはできるはずだ。

 姉のはやし立てや母親の質問にも耐えられる自信がある。

 ――まあ、自信だけで実際、その状況になれば赤面してしまうかもしれないけど。

 そう思ったが、僕は心の中で決意する。


 このあと、駅前のツタヤに立ち寄って、見たい映画を見つけたとき、思い切って告白をしよう、と。


「今日はそれぞれの家ではなく、僕の家で見よう」


 と提案しよう、と。


 彼女とは中学生時代からの付き合いであるが、家に誘うのは初めてだ。もちろん、不純なことなどしないが、それでも彼氏彼女らしい行動である。


 彼女が別れを切り出す一週間後までに少しでも恋人らしいことを重ね、別れを回避する。それが僕の作戦だった。


 その作戦は有用だろうか?

 帰り道、彼女の横顔をそっと覗き込む。相変わらず無表情だったけど、綺麗な横顔だった。

 彼女との付き合いはかなり長いが、いまだにその表情から感情を読み取るのが苦手だ。


 今日は水曜日なので、十中八九、ツタヤに寄ろうと提案してくるはずだが、もしかしたらこのままなにも会話せずに帰ってしまう可能性もある。


 姉と母親もであるが、僕は女性の心を忖度するのが苦手であった。

 ならばいっそ、自分から誘ってみようか。


 そもそも、僕は男の癖にいつも彼女任せだった。ツタヤに寄るのも彼女からの提案を待っていたし、時たま、デートするときも彼女が行きたいところを尋ねてから出掛けた。


 デート中、食べるものもいつも彼女に決めてもらっていた。

 よくその手のニュース記事などではそういった主体性のない男は嫌われるとある。

 あるいは彼女に振られたのはそういうところがいけないのではないか、そう思い至った僕は、思い切って自分から声をかけることにした。


「あ、あのさ、葉月」


「なあに?」


 彼女は長毛種の猫を思わせるようなくりっとした目で僕を覗き込んでくる。

 女性にそのような目で見られると緊張してしまう。


「う、うんとさ。……いや、なんでもない」


「へんなの」


 くすくすと笑う彼女。

 その笑顔を見ているとまるで高校時代に戻ったかのような気持ちになる。

 いや、実際に戻っているのだけど。

 出逢ったころの彼女、北原葉月はあまり笑わない子であった。

 少なくとも僕の前で笑顔を見せてくれる子じゃなかった。

 北原葉月は僕と出逢ってから、少しずつ打ち解け、氷が溶けるように笑顔を見せ始めた。

 僕はその笑顔をなによりも貴重なものだと思っていた。

 もう二度とその笑顔を失いたくない、そう思った。

 だから思い切って言葉を紡ぐ。


「葉月、良かったら、帰りにツタヤに寄らない?」


 絞り出すように言った。

 その言葉を聞いた彼女はきょとんとしている。

 視線を天にやっている。

 たぶん、心の中で、珍しい、雨でも降るんじゃないかしら、と思っているに違いない。

 実際、雲の様子が怪しく、雨が降ってもおかしくない天気ではあったが。


 彼女はしばし考えこむと、

「いいわよ」

 と言った。


 あっさりとした口調だった。


「ちょうど、この前借りた映画を返しに行くところだし」


 彼女は学生鞄から映画のパッケージを取り出し、チラ見せする。

 彼女が借りていたのは、世界中で大ヒットしたスペースオペラの新作だった。

 彼女は聞いてもいないのにその映画の論評をする。


 ちょっと興奮気味なのは彼女が映画マニアだからだ。映画のことを語るとき、彼女は多弁で情熱的になる。


「結構面白かったけど。無難な出来。世間の評判も駄作ではないけど、名作ではないって感じね。なんか、第一作のオマージュをふんだんに盛り込んでいるから、マニアは否定できないし、新規はよくわからないって感じ。まあ、刷新しすぎると非難囂々になってしまうからなんでしょうけど」


 僕も見たが、奇しくもまったく同意見だった。


 僕としては世間から駄作扱いされているエピソード1、2、3シリーズのほうが好きなのだけど、というと彼女は「本気?」と顔をゆがめた。


 これは恋人として看過できない。映画の好みの不一致は性格の不一致よりも辛いものがある、と口の中でつぶやく。冗談めかしてだけど。


「私はやっぱり、シリーズの始まりである、4、5、6派。今見ると映像はチープだけど、物語が王道で好き」


「僕も物語としてはそっちかな。でも1、2、3はアクションが好きなんだ。特にライトセイバー戦が格好良くて好き」


「なるほどね。たしかにそうかも」


 彼女はそう言うと、

「若きジェダイよ、理力を信じるのだ」

 と作中の言葉を引用し、目に見えないライトセイバーで斬りかかってきた。


 僕はそれを颯爽とかわす。


「やるわね。その型はソーレスね」


 ソーレスとは作中、主人公の師が使う防御特化の剣術の構えである。


「ちなみに私はヴァーパッド使い」


 と拙い動きで攻撃を休めない。


 ヴァーパッドは作中、最強の型とされているが、扱うのが難しく、習得に失敗すると暗黒面に落ちてしまうという欠点がある。


 繰り返すが、彼女の動きは拙く、幼稚園のお遊戯のようだ。

 彼女は右足に障害を抱えており、運動が苦手なのだ。

 ただ、それでもときたま、このように戯けながらじゃれついてくることがある。

 映画の名シーンを全身で再現することがある。

 僕たちは映画マニアの高校生らしい会話をしながら、駅前に向かった。

 ここは日本のどこにでもあるような地方都市。

 ところどころに樹木があり、心地よい風が流れる。

 東京とは違う空気、違う時間が流れているような気がした。

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